第3話 誰かに狙われる元勇者(上)
「何でだよ! 何で確率ゼロパーなんだよ、わけわっかんねぇよ!」
窓も扉も固く閉ざされた暗い部屋で、虚空に浮かぶ光の板を叩きながらその少年は叫んでいた。
短く揃えられたブロンドの髪を両手でかきむしり、行き場のないストレスを少しでも抑えようとしている。
だが、虚空に浮かぶ光の板に表示された『勧誘成功率ゼロ』の表記に、少年の精神は爆発寸前だった。
「『特殊イベント:勇者ソフィアの帰還』って、イベントだろ!? ここは旧友との再会で女神軍と共に戦おう、無事勝ったら王都に凱旋して、若い王様の求婚にコロッと堕ちて初夜ってハッピーが王道だろ!? ってか、このソフィア、マジで欲しいんだけど! 三年前に何で無理やりにでも仕官させなかったんだよ親父の奴!!」
誰も聞いていないのを良い事に、普段表に出せない腹の底をぶちまける。
三年前、駆け出しの勇者だったソフィアは、武者修行の為にギュンドラを訪れていた。当時の王だった少年の父親は、勇者としては凡才だったソフィアに価値を見出せず、特に厚遇はせずに修行の協力をするのみだった。
幼かった少年は、それに口を出せる立場には無かった。
いや、あっても出していなかっただろう。
容姿が良いとはいえ、ただひたすらに武具の扱いを学び、戦い方を学び、勇者としてより高みを目指すだけの女に興味など持たなかった。
しかし、今日突然発生したイベント『勇者ソフィアの帰還』でポップした彼女のステータスは、当時の自分達の判断が間違っていたとはっきり明示していた。
この国の三本指に入るガイズと比べて、全ステータスの数値が桁一つ違う。
間違いなくギュンドラ国内、いや、この大陸全体を見ても最強クラスのはずだ。
しかも、かぎりなくAに近いBカップだった胸囲がJにまで成長している。
「くっそっ! J、JだよJ、J。胸さえあれば究極性女だった無乳勇者が爆乳通り越して魔乳の域だよ。もう自分の胸で足が見えなくて小さい子にいたずらされても何が起こってるかわかんないやつ。顔を挟むんじゃなく埋められるし、溺れるどころか死ねる。死んでもいい。腹上死じゃなくて乳挟死。乳圧死でも良いや。とにかく窒息が死因じゃない、感動が本能を爆発させて死ぬアレ。もう跡継ぎとか無駄撃ちとかどうでもいいよね。毎晩寿命が減るほど死にかけて死にたい。ああ、もう何言ってんのか自分でもわっかんないよぉおおおおおおおおおっ!」
頭を抱えて少年は床を転がる。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ――――部屋を十周できる程転がった後にゆっくりと起き上がり、にへらっと邪悪な笑みを浮かべて光の板に向き直った。
「今の男って、コイツ?」
表示されている黒髪の青年の顔が、人差し指と中指で高速連打される。
憎しみを篭める。羨望を篭める。恨み、悲しみ、怒り、ありとあらゆる負の感情を指先に篭める。
少年は虚空を手で払った。
払われた範囲に三つの光の板が現れ、全てが一つの目的の為にオート操作されていく。
現状動かせる『戦争に関係ない部隊』のリスト化。
リスト化された部隊の現在位置の地図表示。
勇者ソフィア捕獲後の調教アイテムの購入・取寄せ。
「やったろうじゃん」
少年の最優先事項は、国の運営から欲望の達成に切り替わった。
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「ソフィアは落ち着いたか?」
「穏やかに寝てますよ」
ゆったりとした柔らかいソファーに座り、ガイズの問いに私は答えた。
膝にはシムナの頭が乗っている。所謂膝枕だ。
この軍宿舎の応接室に通されるまでずっと抱き寄せていたせいか、移動の途中から彼女は失神していた。真っ赤な顔で蕩けたような表情を浮かべ、『はらむ、きょうはらむのぉ……』などと、目を回してずっと寝言を呟いている。
大丈夫か?
「あのソフィアがこんなになるたぁなぁ……」
「普段は嫌っているように言ってきても、根は素直で良い娘なんです」
軽く頭を撫でると、シムナの全身がビクッと震える。
脚が痙攣しているように見えるが、多分気のせいだ。だが念のため、見えないように血液を展開して下着と周辺の汁気を吸い取っておく。
粘性が強い。
しかも、すごいビチャビチャ。
「さてっと。本当はソフィアの勧誘がしたかったが、本人がこの調子じゃ無理だ。だから別件の忠告をしておこうと思う」
「忠告ですか?」
『ああ、そうだ』とガイズは言うと、後ろに控えていた部下らしき女魔術師に指示を出した。
女魔術師が短く詠唱すると、光と共に一枚の大きな地図が手の中に現れた。それをソファーの前のテーブルに広げ、城の形をした駒を九つ配置する。
ギュンドラ王国とその周辺を含めた広域地図。
駒が配置された箇所は王国の王都と自治領だろう。その中で、ガイズの指は最北端の駒の一つをしっかと指し示した。
「ここが俺達のいるクルングルーム領。北の山脈からの侵攻軍を食い止める最前線でもある。薬師のアンタとすれば、ある程度の資金が出来れば安全な街に逃れるだろう」
街道沿いに指が移動し、隣の駒へと移る。
そこは私達が目指す場所。
「アギラ領。魔獣は多いが戦争はない。ここよりは安全だが、留まって危険なことに変わりはない。そうなると向かうべきは王都ギュンドラだが…………戦争中って事で関所が作られていてなぁ。領主から身分を証明された者しか通れねぇ。ソフィアは別だろうが、アンタと連れの姉ちゃんは無理だ。そうなると、別のルートを通るしかない」
王都ギュンドラの駒が取り除かれ、別方向の街道が示される。
スッと、また指が移動してもう一つの駒に行きついた。
「ブロフフォス領を経由してドルゴサルーン領に抜ける方法だな。んで、俺はこのルートの危険性を忠告したいわけ」
「結局どこも危険ですね」
「抜けるだけならブロフフォス領ルートで良いんだが…………魔王が問題なんだ」
女魔術師が新しい駒を持ってきて置いた。
可愛らしい少女の駒だが、片手剣を高く掲げ、頭には二本の角が生えている。
おそらく、魔王の容姿を表しているのだろう。第三軍団長アガタの報告内容とよく似ていた。
私は魔王の駒を手に取り、まじまじと見つめる。
「魔王とギュンドラ王国は協力関係にあると聞きました」
「表向きはな。だが、いくら陛下でも魔王の懐柔は無理だった。今現在、魔王は魔王なりの理由があって『北進』してるんだよ」
北進。
初めて聞く言葉に、私は思考を巡らす。
意味としては、単純に北に向かうという事だ。魔王が、配下となる軍を連れて。
しかし、一体どこに?
ゴールはどこだ?
目的は?
キサンディアと第二軍なら答えを出せるのだろうが、情報が少なすぎて私には無理だ。私はガイズの目を見て、彼が知っている答えを催促する。
「ガイズ、説明は回りくどいわ」
呆れた声色で、ガイズではなく女魔術師が口を開いた。
ゆったりと私達の後ろまで歩き、ソファーに寄りかかって私の膝を指差す。
そこには、『三人でいい……? もっと……? ばかぁ……』とまだ寝言を言っている眠り姫がいた。
「魔王の目的は、勇者ソフィアよ」
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