第4話 誰かに狙われる元勇者(中)


 魔王の名はレスティ・カルング・ブロフフォス。


 ギュンドラ王国建国以前にブロフフォス領周辺を支配していた王朝の姫で、死霊と人間のハーフだという。


 肉体と魂がそれぞれ構成情報を有し、片方が傷つけばもう片方を元に再生する不死族の一。打ち倒すには両方を同時に破壊せしめる装備が必要なのだが、類稀な魔術の才と、狂気じみた鍛錬で修得した剣術を有する。


 その連携は隙が無く、距離を選ばず、力も技も知恵も策謀も通用しない。


 討伐に赴いた勇者は、ただ一人を除いて討ち果たされてきた。


 そのたった一人が、勇者ソフィア。


 才能がなく、鍛錬と勉学の蓄積で勇者となった彼女は、仲間を連れずたった一人で魔王レスティに挑んだ。


 レスティは当初戯れだと考え、剣術のみで相手をしたという。


 しかし、それは間違いだった。


 速さと手数で隙の無いレスティの剣に、剣と槍、暗器まで駆使するソフィアの武器術は『手数』で勝った。


 少しずつ押され、傷ついていくレスティの体。


 魂が肉体を再生していくとはいえ、自身を傷つけられる逸材との邂逅にレスティの精神は昂っていた。


 数百、数千という剣戟が戦場に響く。


 いつ終わるのか。二人にこの考えはない。


 いつまでも終わらないでほしい。これはレスティの願い。


 倒れるまで終わらない。これはソフィアの意志。


 本来なら魔王に圧倒的有利が在る筈が、強者の驕りから勇者に運命がついた。


 そして、唐突に終幕が訪れる。


 レスティの剣が折れた。


 肉体と魂は再生し続けても、ただの質量体である剣はそうはいかない。ほんの一瞬隙が生まれ、瞬きより短い刹那の間に、ソフィアはレスティの四肢を落とした。


 武器を持てないように両腕を切断し、足技が放てないよう、断った後の腿も槍で穿つ。


 更に切断した先は細切れに刻み、傷口に酸をかけて焼き潰す念の入れようだ。


 一切の動きを封じられ、レスティは敗北を認めた。


 だが同時に、ソフィアも敗北を悟った。


 殺し切る武器がない。肉体と魂を同時に傷つけるだけの、祝福か呪いが施された武器が。


 疲労と絶望から崩れ落ちるソフィアを、再生したレスティが抱き留める。


 魔王という立場にありながら、レスティはソフィアを愛おしく感じていた。自らの傲慢が原因とはいえ、魔王に打ち勝った勇者である彼女を。


 失いたくない。


 強く想い、強く願う。故にレスティはソフィアに呪いをかけた。


 『いつか、私を殺しに来て』と。





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『へー、ほー、ふーん』



 ノーラが取った宿の一室。ベッドに横になっていた私の頭に、クソ生意気な第三軍団長アガタ少年の声が響いた。


 時刻は既に深夜。


 私はガイズ達の話を聞いた後、街で買い出しなどのやるべき事を済ませて自室に戻っていた。妖怪故に寝る必要はないが、人間を装っての任務なので寝たふりくらいはした方が良い。


 しかし、ただ横になっているのは時間の無駄だ。


 少しでも状況を良くしようと、私はヴィラとクロスサを経由してアガタと念話を交わしていた。用件はガイズ達から聞いた魔王とシムナの関係についてで、知り得た限りを全て伝えた。


 勇者と魔王は連合軍を編成しているのではなく、魔王がシムナ――――勇者ソフィア救出の為に北進している。


 どういうルートで情報を得たのか、シムナが私に敗れ、囚われになっていると知ったらしい。軍を連れて北の連邦に攻め入ろうと画策し、逆に第一軍と第三軍の侵攻を受けて、一時的にギュンドラ王と共闘したのが事の真実。


 そこに、信頼も信用もありはしない。


 だが、互いに向け合う筈の戦力を結集し、百パーセントの力で私達に対抗している。情報の裏こそ取れていないものの、シムナから聞き出した魔王との関係を鑑みて、概ねあたりと言って良いだろう。


 何と言うか、面白おかしく繋がる物だ。


 これまで真正面からぶつかるしかない相手だったのに、本丸へのルートがいきなりできた。第三軍に出向している第二軍団員にこの情報を渡せば、より効果的な作戦を立案して戦いを楽にしてくれるだろう。


 ただ、尚もアガタの声色は良くない。


 青肌ロリの悪魔娘を緊縛バックでハメ倒している最中に、いきなり念話を繋げてきてグダグダと回想なんて聞かせてくるんじゃねぇよ。そんな不満が言葉の端々にひしひしと伝わり、心の底から申し訳なく思う。



『アガタ、すまない』


『べっつにー? 敵地で重要な情報を集めてくれた事には感謝してるからー?』



 完全にへそを曲げている。


 まぁ、無理もない。


 テレビもゲームもスマホもないこの世界に移ってから、私達の娯楽は限られていた。戦いのストレスを解消する捌け口としてそれぞれ趣味を持ち、第三軍は、特に人外の種族との性交に傾倒していた。


 曰く、悪魔や魔族、獣人、妖精、精霊といった者達との行為は、人間とのそれと異なる刺激で溢れているのだという。


 本来人間を害する悪魔や魔族はプライドの塊。


 尖兵とはいえ元人間に犯される屈辱に強く抵抗し、肉体と精神の強靭性から壊れにくい。人間ならできないような過激な事を普通にできるし、こちらで作った淫具の実験台に丁度良く、しかも具合もすこぶる良いのだそう。


 獣人は、ベースとなる獣の特性を強く受け継ぐ。


 人気なのは虎だ。最初は数人がかりでないと抑えられないほど抵抗するが、一度中に注げば、注いだ雄に夢中になる。


 開戦当初にこれを知った第三軍は、北の山脈を縄張りにしていた三つの部族を襲い、お気に入りの女達を捕えて拠点で飼っていた。その多くは団員達の子を妊娠し、最初の数人が無事出産したと、産婆として派遣した巫女衆から報告が上がっていた。


 妖精と精霊は、小柄な体格で幼い容姿が好かれている。


 肉体も精神も壊れやすいが、わざと壊して手軽な性処理用具として携帯する方法をヴィラが考案した。探せばそこら中にいるものだから数を揃える事も出来、特に第二・第三軍の備品として活躍している。


 魔力供給さえあれば食事が不要という点も便利だ。


 成長も早いから、犯して孕ませて産ませるだけでなく、複数の集落を統合して繁殖場も作っている。近親交配の配慮が必要かを現在実験中で、養殖のみでの安定供給はもう少しかかりそうだった。


 しかし、なんともまぁと、私は思う。


 戦争に綺麗も汚いもないが、外道である事には違いない。


 これから滅ぼすギュンドラ王国も同じようになるだろう。この宿屋の可愛らしい看板娘も、可愛らしい悲鳴を上げながら新婚の夫の目の前で第一軍に犯される。夫は血の涙を流しながら怨嗟の声をあげ、副団長辺りが引導を渡してくれる。


 …………どうでもいい。


 今の私は妖怪だ。他人の為に生きるのはもうやめた。自分の為に生き、自分の為に逝く。


 果てがどんな形になろうとも。



『そんで?』



 短い言葉で、アガタは話の続きを要求する。


 ただ情報を渡してくるなんて私らしくない。暗にそう示し、潜む真意を吐き出せと問いて質す。


 よくわかっているじゃないか。


 私は彼の洞察力を口に出さず褒め称え、情報と引き換えるべき対価を伝える。



『私達がアギラ領を目指していると魔王に伝えて欲しい』


『…………それ、ヴィラ様は反対してんだろ?』


『私と魔王が戦うことは、な』



 泣きながら反対するヴィラの顔を思い出し、胸を痛めながらも私は続ける。


 最悪は戦う事を想定しつつ、あくまでも最悪だと自分に言い聞かせる。そうならない為の努力は当然するつもりで、でも第三軍の壊滅回避には選択肢の一つと受け入れなければならない。


 幸い、私はそう簡単には死ねない。


 このくらいの貧乏くじは、引いた所で誤差の範囲だ。



『シムナに殺されることが目的なら、シムナの安全を条件に協力関係を結べるよう話し合おうと思う』


『ならさっさとこっちに来いよ。テーブルとイスくらいは用意しとくから』


『アギラに誘い出して第三軍が攻勢に出やすいように、とも思ってるんだが……』


『明日の朝にちょっと伝えてくるわ!』



 唐突に、アガタの言葉に張りが戻った。


 お小遣いをもらってアイスを買いに行く子供のようだ。溜めていたストレスからの解放はそれほどまでに魅力的で、多分、夜明けと共に隣の家に遊びに行く感覚で行ってくるのだろう。


 彼の心境を察し、私は苦笑した。


 無理もない。何か月も撤退続きで、女を抱けない日も多かったと聞いている。勢い余った部下がお気に入りを何人か壊してしまい、直してくれと代わりに頼みこんできたことも二度三度あった。


 生意気に見えて苦労性。


 昔の自分を見ているようで、アガタが私のように壊れないことを祈る。



『じゃ、明日は早いからもう寝る!』


『続きは良いのか?』


『挿れたまま寝る!』


『…………そうか』



 呆れている私を尻目に、アガタは元気良く念話を切った。


 私は中継してくれたクロスサとヴィラに礼を言い、こちらの静かな夜へと意識を戻す。思考を極力抑えて今を感じ、湯に浸るように闇に染み入る。


 耳と肌に意識を集中しても、足音一つ聞こえない静寂。


 外も中も歩く者はなく、新月由来の暗闇が妖怪の感覚を刺激する。


 気分が昂る。


 草木も眠る丑三つ時。生ある者は寝ている時間だが、夜の住人達にとってはゴールデンタイムだ。


 今が一番目が冴え、血が滾り、人間より妖怪としての思考が強くなる。色町が開いていればそっと一人抜け出して、気を落ち着かせるために女を買いに行くのも良かったかもしれない。


 本当に残念だ。


 今度、ノーラとベッドの中で対策方法でも相談――――――うん?



(何だ?)



 チリチリとした感覚が目尻を刺す。


 転生して手に入れた蛇の熱感知能力が反応していた。他の感覚も鋭敏化させて間違いでないか探りを入れる。


 僅かな気流の乱れと、人型の熱物体が四つ。


 建物を震わせる局所的な小さな振動。


 相当隠形に慣れた手練れの隠密部隊だ。一階の金目の物には目もくれず、真っ直ぐ階段を目指している。今日二階に泊まっているのは私達だけだから、狙いもきっとそうだろう。


 ふと、こんな連中を差し向けてくる相手を思い浮かべる。


 まず考えられるのはギュンドラ王と、勇者ガイズから報告を受けたであろうこの自治領の領主。


 可能性として高いのは領主だ。


 もしギュンドラ王なら対応が早すぎる。この世界は何故か通信系の魔術を一切使えないから、早馬で何日もかかる王都には第一報すら届いていない筈だ。


 朝にノーラと話していた、シミュレーションゲームのような管理能力でもない限り。



(まあ、その辺は後で考えよう。それよりも…………)



 近づいてくる熱源の内、一人の輪郭が女性のものだった。


 それも、背が高く、耳が長い。


 エルフ族か、隠密ならダークエルフもありうる。隠密着で隠せない女の武器は良く鍛えられて良く絞られ、直に触れていないのに肉の弾力と肌の柔らかさが掌の上で再現されていた。


 良い。


 凄く良い。


 一人捕えられ、仲間の生首の前で痴態を晒させたらどんな声で鳴いてくれるだろうか? 感度は何倍にしよう? 朝まで壊れずに堪えられたら巫女にするのも良いかもしれない。故郷の隠れ里の場所を吐かせて親類知人を雌化させるのも良い。あぁ、考えているだけでもすごく興奮する。長命種のエルフを穢すのは初めてだからやりすぎないように気を付けないと。


 私はベッドに寝たまま笑みを浮かべ、口と胸部から血を吹き出させた。


 人一人が刃物で滅多刺しにされた時に流す程度の量だ。服を赤く濡らし、ベッドを濡らし、シーツを滴らせて床に血だまりを作る。


 さあ、おいで。私が優しく教えてあげよう。


 丑三つ時の妖怪の危険性を。

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