ギュンドラ王国編

第1話 旅路と気難しい巫女


 ギュンドラ王国。


 若干十四歳の少年王を旗印とするこの国は、自然溢れた広大な国土を持つ一大国家だ。


 国内に住まう凶悪な魔獣達を武力で抑え込み、北の軍事連邦からの挑発をものともしない強大国。その歴史は未だ五百年に満たず、にもかかわらず千年続く超大国すら一目置いている。


 それはひとえに、歴代ギュンドラ王の功績によるものが大きい。


 元は小さな一領に過ぎなかった自領を、周辺八つの領を併合して国にまで拡げた初代。


 侵攻してくる魔王を相手に、仲間達と共に幾度も押し返した二代目。


 領主達の統治を認め、領間の交易を活発化させて内需を充実させた三代目。


 以降も有能で有能で有能ばかり。国内の人々は規律正しく治安が良く、向こう数百年経っても安定した政治は変わらなかったろう。そう確信できるほど、この国は実によく出来ている。


 だが、今は戦争の真っ最中。


 一年ほど前、北の山脈から我ら女神軍の第一・第三軍が侵攻を開始。半年ほどで軍事連邦を含む四国を陥落させ、ギュンドラ王国の外縁であるクルングルーム領とブロフフォス領を戦火に巻き込んだ。


 当初は女神軍が優勢だったが、今代のギュンドラ国王も類稀な人物だった。


 英雄クラスの指揮能力とカリスマを駆使して複数の勇者パーティを再編成。その上、よりによって魔王まで味方に引き込み、こちらの軍勢を押し留め、押し返して苦しめている。


 通常軍の展開も迅速かつ適切。


 勇者軍も魔王軍も兵站が充実していて、キサンディアが言うに多少の問題が起きても隙は無い。打破する為には多少どころか深刻な問題を発生させる必要があり、私とノーラは物資輸送の中継地であるアギラ領に向かっていた。


 アギラ領はクルングルーム領とブロフフォス領、王都ギュンドラを結ぶ中間点にある山岳領。


 四方を山々に囲まれ、木々が茂り、魔獣の生息数はギュンドラ王国でも最多と言われている。そして、この魔獣が前線を維持する為の重要な資源となっている。


 魔獣の肉は食料に。骨や爪、牙は武具に。毛皮は服や靴にできる。内臓も各種薬や毒の材料にできるし、程よく間引けば開拓が進んで農地も増え、短期的にも長期的にも――――



「この国は一体何なんだ?」



 馬車に揺られながら第二軍が調査した資料を読み込み、この国の効率の良さに疑問を持つ。


 国というのは、巨大になればなるほど無駄が出る。


 人も食料も資源も有限で、立案から生産、流通の過程でロスが発生する。全体をまとめると、施政者が目を背けたくなる量の廃棄が出ていて、それが自分が治める領域の最優先課題でもあった。


 だが、この国は過程のロスが非常に少なく、資源の管理も完璧と言って良い。少しの変更で長期的な戦争状態を維持できるほどだ。


 これが国王の力なのか、国を治める人材の優秀さが要因なのか。


 調べている暇はないが、非常に興味が引かれた。



「キサンディア様も言ってたよ。『この国はおかしい。まるでシミュレーションゲームみたいだ』って」



 すぐ隣で、ノーラは私が持つ資料を覗きこみながら語りかける。


 かなり距離が近いが、あまり気にしない。


 胸の形と大きさがわかりやすいビキニタイプの上着を着て、こちらに寄る時に腕で胸を挟んで押し上げる。柔い丘と丘が盛り上がって劣情を誘い、男に対するアピールとしてはなかなかに上等だ。


 しかし、ヴィラや巫女達の欲情まみれのアプローチに比べれば、平常心を保つことは難しくない。


 キサンディアに命令されているのだろうか?


 そうでなければ、女神と出来ている男にこんなことをするわけはない。



「ああ……過去に渡った神の尖兵か、転生者、召喚者の可能性がある、か。だとすると、この世界の情勢をリアルタイムで数値化、管理できる能力を持つ可能性があるな」


「自軍のユニットを操作する能力も考えられるかな。あと、敵対領域の情勢確認にスパイを送り込んだりとか」


「検証が必要だな」



 生前は兄がやるシミュレーションゲームをよく見ていたので、大まかな機能はわかる。


 検証して当たりなら、プランを少々変更するとしよう。



「私達の現在位置はどの辺りだ?」


「ちょっと待ってね」



 ノーラは地図を広げ、小さな水晶球を置くと短く詠唱した。


 水晶球が淡い光に包まれ、勝手に転がっていく。


 交易都市ディーフと城塞都市クルングルームを繋げる街道上で止まると、ごく僅かずつクルングルームに向かって動いている。速度と距離から時間を割り出し、今の時間と所要時間から到着時刻を計算する。



「……昼頃にはクルングルームに着けそうだ」



 私は立ち上がり、御者が座る席に移る。


 そこには血色の羽衣を纏った魔乳美女が手綱を引き、馬を思い通りに操っていた。



「シムナ、交代だ」



 私がそう言うと、シムナは長い黒髪を揺らして振り向き、嫌そうな顔で私を見た。


 一応、彼女は女神軍の第四軍に属する私直属の巫女だ。


 巫女頭を務める姉と共に私に仕えているのだが、姉に無理やり巫女にされた経緯があり、私に対して敬意より敵意の方が勝っている。


 今回の任務で少しでも打ち解けられればというのが正直な所。不可能ではない筈だと、私は自分自身を叱咤して拒絶の視線を受けて流した。



「しなずち様、日はまだ昇っている最中だろう。私の体を貪るには早すぎるし、ノーラ様に私の喘ぎを聞かせながら御者をさせるのは趣味が悪い」


「私と交代だ。クルングルームに着くまで休んでくれ」


「宿を取ってすぐ犯せるように股を濡らしておけと。いや、その前に城壁の外で押し倒すつもりか。確か城壁近くまで林が広がっていたはずだ。見張りに見せるか見せないかのギリギリの場所で無理矢理突き入れて、声を出したくても出せない状況で果てさせるつもりか。わかっていたが本当に外道だな。姉様が何故貴方に心酔しているのか全く理解できない。薬でも使って頭を蕩けさせて都合の良い言葉を吹き込んだのか? まぁ、二十二にもなって嫁の貰い手がいなかった残念な女だから、普通に口説いてもそこまで難しくなかったかもしれん。だが、私までそんな軽い女だと思われたくはないな。これでも元勇者だ。体は貴方の物にされても心までは屈服などしない」


「シムナ」



 軽くシムナの額を小突く。



「もう少しシムカを信じてやれ。契約上、シムカの事情は話せないが、アイツは悩む事もできず、覚悟だけを要求された被害者だ」


「その被害者の心も体も蹂躙しておいて――――」


「それが妖怪との契約だ。望む望まないに関わらず、為されなければ互いに不利益を生む。お前との契約も、お前を救う為にシムカが必死に考えた成果だ」



 シムナの隣に座り、彼女の頭を掴んで自分の胸に押し付ける。


 彼女は非難の声を上げようとするが、なぜか顔を赤くして口をパクパクさせるだけだった。


 可愛らしいので、優しく頭を撫でてやる。



「納得しなくていい。理解はしてやれ。たった二人の家族だろう」



 そう。たった二人。


 疫病で他の家族全員を亡くし、彼女達はこの世界で二人しか家族がいない。


 だから、信じて欲しい。シムカがシムナを信じるように、シムナにシムカを信じて欲しい。


 でないと、シムカの覚悟が報われない。


 私はシムナの頭を離し、呆ける彼女から手綱を奪った。



「ノーラ。クルングルームに着いたら水と食料を買い込んで、すぐアギラに発つ。何が必要かをシムナと相談してくれ」


「了解よ。シムナ、相談が終わったら恋バナしよ、恋バナ!」


「え――あ、はい」



 シムナは立ち上がり、馬車の中に向かう。


 途中、一回振り返ったように見えたが気のせいという事にしておこう。


 まだ先は長い。この任務も――――



『しなずち様、私は如何様な罰も受けます! 妹の命だけはお救いください! どうか、どうか――――』



 ――――私達の関係も。

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