序章 第四話 いつもの喧嘩
知能を強化された第二軍。
潜在能力を引き出された第三軍。
存在自体を作り替えられた第四軍。
いずれも少なからず『知』を強化されている。それに対し、第一軍は『脳筋』という言葉がよく似合う強化のされ方をしていた。
単純な身体能力の強化。
人体の限界を超える筋力と持久力、回復力を与えられた野生児の集団。故に思考は単純で、自分達こそが一番強い、一番偉い、などと勘違いしている。
どの女神が『第一軍』に収まるかを決める時も真っ先に喰い付き、第三軍と一戦交える寸前にまでなっていた。
幸い、アガタがクロスサと第三軍の団員達を抑え込み、大事には至らなかったのだが……。
「おい、しなずち。こっち見ろよ」
全身を金属製の鎧と兜に包み、自分の背ほどもある大剣を背負った大男が私を呼ぶ。
第一軍団長『ダイキ』。
生前は不良グループの頭を張っていたらしい、誰にでも噛み付く駄犬だ。私にも何度か粗相をしていて、その度に躾けているが、未だに差という物を理解できていない。
私はダイキを一瞥し、最大限の親しみをこめて声を発する。
「バカは黙ってろ」
「んだとぉ? テメェには一度わからせてやらねぇとならねぇみてぇだな?」
「自分の顔を鏡で見てから言え。また頭に傷跡を残されたいか?」
「テメェの技はもう見切ってんだよ! 今やりゃ、俺が勝つに決まってんだろ!」
自信満々に答えているが、アガサとノーラは『無理無理』と首を振っている。
戦闘の優劣は単純な腕力のみで決まらない。技術があり、戦術があり、思想も胆力も重要だ。
力任せに剣を振るい、回復力に任せて回避を怠る。
そんなが愚物勝てるのは、せいぜいが弱者くらいなものだろう。勇者達にもそこを付け込まれて、隙を晒して好き放題にされていた。
魔術で力と速度を抑えられ、スピードで攪乱され、死角から一方的に攻撃を受け続ける。
それで戦力が拮抗しているのは、単に打たれ強いからというだけであった。今後、勇者達が強力な魔法の品を持ち出して来たら、第一軍は真っ先に落ちると思って良い。
むしろ、さっさと引導を渡してやるべきか?
「ダイキ。勇者相手に大暴れするんだから、しなずちに余計な体力を使っちゃダメ」
「アーウェル様。御心配頂きありがとうございます。ですが、男として引けぬ戦いがあるのです!」
暑苦しくウザったい。
熱血とか男らしさとか、そういうのは正直辟易する。
免罪符のように使用出来て何かと便利にわがままが通せる魔法の言葉。だが、決定的に揺るがぬ事実と結果には何ら意味をなさない。
単なる弱者の遠吠えに過ぎない――――?
「………っ………っ」
アーウェルがこちらを見て『手加減しろ』と視線で訴える。
だが、ヴィラもまた、羽虫を指で潰すようなジェスチャーをして『潰せ』と暗に指示してきた。
私の女神はヴィラだから、潰す方にしよう。
ただ、勇者軍と第一軍の戯れにはダイキがいた方が都合が良い。ちゃんと治る程度にぶっ潰す。
「会議はここまでね。アーウェル、ヴィラ。二人がやりすぎないようにちゃんと監督するんですよ?」
「ちょ、キサンディア! 止めてくれないの!?」
「私達は作戦の準備をします。クロスサ、援護に送るメンバーは明朝、城塞都市クルーブリーガに転送します。指揮権はそちらに」
「アガタ、宜しく」
「了解です。あと、女性の団員がベッドに誘ってくるかもしれないと伝えておいてください」
「こちらのメンバーはむっつりな奥手ばっかりだからほどほどにお願いします」
「じゃ、しなずち。終わったら呼んでね~」
第二・第三軍の面々が次々転送術で退出していく。
これから始まる惨劇に巻き込まれない内に、安全な場所に避難しようというのだろう。これまでの私達の喧嘩を見ていれば、そう結論を出すのは妥当で当然か。
全員の退出を確認し、ヴィラが指を鳴らした。
周囲の風景が歪み、地平線まで広がる荒野へと変わる。生の匂いがしない乾いた風が肌を撫ぜ、太陽の熱が酷く熱い。そこかしこの見覚えのある斬撃や爆発跡が懐かしく、私は首を回して周囲の地形を頭に入れた。
アングルーム大荒野。
女神軍が統治する領域からはかなり離れた場所で、半径四十キロの不毛の大地だ。
当初、私達はアルファンネスでここに降り立ったが、何の生産性も見込めないこの場所は侵攻に相応しくないと、転移術のマーキングだけを施していた。
何かしら、役に立つ時が来ると期待して。
いや、一週間で必要になるとは思わなかったけど。
私とダイキの戦闘は、周囲の環境を大きく変えてしまう。喧嘩するにも適当な場所が必要で、ここはその中でも思う存分暴れられる。
私は半身を引いて構え、ダイキは背中の大剣を抜いた。
「ヴィラ様、しなずちの野郎が死んでも恨みっこなしですぜ!」
「だ、そうだが、アーウェル?」
「ほんっと勘弁してっ! しなずち、加減してくれたら巫女に丁度よさそうな娘を都合してあげるから――――」
「巫女は今、基本的に志願制なので結構です。いつでもこい」
私が手招きすると、ダイキは地面を思い切り踏みつけた。
ドゴンッ!という衝撃波と共に大地が波打ち、隆起する。固い地盤が錐のように襲い掛かり、その内の一つに足を着いて後方に大きく跳ぶ。
着地する間もなく、隆起した地盤を切り裂いてダイキが突撃してきた。
着地際に大薙ぎを合わせるつもりなのだろう。大剣を横に構え、走るというより幅跳びの感覚で跳躍している。
走るよりスピードが乗り、体重も乗って破壊力も高い。
私は右手をダイキに向け、掌から大量の血液を放出する。
濁流と言えるほどの量を一度に出し、ダイキの追撃を阻む。だが、ダイキは構わず突っ込み、逆袈裟に一閃。剣風で濁流が斬り裂かれ、一筋の道ができた。
大上段の構えでダイキが跳躍する。
速さ、重さ、腕力で、己の全力を一撃に篭める。
「そうだ、そう来る」
予想通りの展開に、私は斬り裂かれた血液にリンクする。
液体であるそれは私の意志で形を変え、巨大な腕と化し、背後からダイキの体を掴み上げた。
「おおおっ!?」
二・三回、遠心力をつけて地面に叩きつける。
ダイキの踏みつけより倍は大きい衝撃波と隆起が起こり、盛大に砂埃が舞った。
「ダイキ!」
「危ないぞ、アーウェル」
ヴィラの制止を振り切り、アーウェルが駆ける。
爆心地と見まがうクレーターの中央でダイキは倒れ、意識を失っていた。
駆けつけたアーウェルが治癒術を起動し、フィードバックからダイキの無事を知る。浮かんだ安堵の表情は女神というより女のそれで、いい加減気付けよと寝ている鈍感にエールを送った。
「お優しいことだ」
いつの間にか傍らにいたヴィラが不満気に言う。
ダイキを振り回した際、足に血液が集中するように力をかけて脳から血を引かせ、酸素不足で気を失わせたのだ。
身体強化をされているし、変に障害が残ったりもしないだろう。
しかし、もしこれが本気の殺し合いなら、血を集中させるのは頭だった。
叩きつけて脳血管に圧力をかけ、破裂させて絶命させる。
ダイキのような治癒力と持久力に優れた相手には、この方法が一番確実だ。斬撃や打撃は強力な治癒力に阻まれて効果が薄い。今回のように気絶させるか、重要な臓器をピンポイントで破壊する方法が一番良い。
――――泣く女がいるから、絶対にやらないけど。
「アーウェル様。今回は貸しですよ」
「わかってる」
気絶するダイキの頭を兜の上から撫でながら、アーウェルは穏やかに答えた。
まるで母親だ。
出来の悪い息子に振り回されて、それでも愛を注がずにはいられない、不器用だが、優しい母。
私は、この二人の姿が嫌いだ。
兄と母の姿を思い出すから。病室で泣く兄を抱きしめ、あやす母の姿を。
自身の無力に絶望する母の涙を。
「しなずち」
ヴィラが私の腕に自身の腕を絡ませ、弾力と柔らかさを持つ豊満な双丘を押し付けてきた。
心地よい感触が服越しに伝わる。
「今日の夕食は?」
「蒸し鶏のリンゴソースに辛口の白ワイン」
「私も手伝う。さっさと行くぞ」
ぐいぐいと引っ張るヴィラに引きずられる。
経験上、こんな風に多少強引になった彼女は、私を慰めようとしてくれている。生前の話は全てしたから、その中のどれで傷心しているのか察しているのだろう。
私は彼女の腰を掴み、身体をぴったり抱き寄せた。
「寝かせる気は?」
「ない」
彼女はそう簡潔に答えると、唇を奪って指を鳴らした。
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