第57話 三番目の個室
そういえば、さっきの話、何にも気にしなかったけど、君はさすがにトイレの花子さんの事は知ってるよね?
ああ、良かった。いやあ、いつか怖い話を仲間内でしてた時にさ。3つ下くらいの後輩がトイレの花子さんのことを知らなかったんだよ。
ジェネレーションギャップってやつなのかなあ。誰もが知ってることだと思ってたけど、世の中には知らない人もいるんだねえ。そういうことに興味が無いと、知らずにいるものなのかなあ。
ああ、そういえば、そんな感じの怖い話を思い出したよ。これも、トイレの花子さんに関する話だけど。
—三番目の個室—
地元の後輩から聞いた話。
そいつの通っていた高校には、全く使われていない棟があった。教室のある大きな校舎棟から離れた場所にある、小じんまりした別棟。
なんでも、昔は学校にあった特別な学科の棟だったらしいんだけど、一昔前に地域の過疎化によって学科自体が消えちゃって、棟ごと無用の長物になってしまったらしい。今は、だだっ広い一階だけが、物置として使われている。
もうすぐ夏休みになろうかって頃のこと。仲のいいメンバー三人で話していたら、肝試し的なことをしようってことになった。
いいね。それで、どこに行くの?
ええっと、ああ、あそこなんかどうよ。
仲間の一人が指さしたのは、その別棟。
あそこかよ。いや、確かに気味悪くて雰囲気あるけどさ。
いいじゃねえか。俺、部活帰りにあそこに寄ったことあるけど、結構怖かったぜ。それに、なんてことのない場所の方が、女子を誘いやすいだろ。
誘えるのかよ、お前によ。
イケるって。見てろよ。
すると、言い出しっぺの奴はあっという間に三人の女の子を集めてきた。
じゃあ、終業式の日の夕方に肝試しって事で。
かくして、人員は揃った。
そして終業式の日の夕方、言い出しっぺの部活が終わるのを待っている間、全員が別棟の近くでひっそりと待っていた。
ねえねえ、ここって、何か怖い噂あるの?
女子の一人が尋ねた。もちろん怖い噂なんてない。人気が無くて、薄暗くて不気味ってだけだ。
いや、ここは別に・・。
一人が言いかけた時、片方がそれを遮ってこう言った。
ここってさ、三階のトイレに幽霊がでるらしいぜ。
盛り上げるための嘘だろう。目配せしながら、そいつは続ける。
ほら、トイレの花子さんっているだろ。三番目の個室にいるんだってよ。
ええっ、なにそれ怖い、嘘でしょ。
ちょっと、変なこと言わないでよ。
女子たちはこぞって怖がり出した。それっぽい嘘を言って、辺りも薄暗くなってきて、コンディションは抜群って時に、言い出しっぺの奴がやってきた。
ごめんごめん、それじゃ、行こうか。
全員で入り口の階段の方へ回り込むと、なぜか踊り場にチェーンが架けられて封鎖されていた。とはいっても、ひょいと跨いで通ることができる、気休め程度の封鎖だった。
ルートはさっきの話もあって、男女のペアで三階のトイレを覗いたら戻ってくるコースになった。小さな棟だから、なんてことない短いルートだ。
じゃあ、いってくるよ。
一組目は怖々しながら向かった。待っていると、階段の方からキャッキャと声が聴こえてくる。
こいつはいいや。男子たちは内心ウハウハしていると、すぐに一組目が戻ってきた。
ヤバかったよ。中に入れたよ。
下調べはしていなかったけど、幸運なことに、三階のトイレの扉は開いていたらしい。
それで、なんかいたの?
いや、何もいなかったけど、雰囲気ヤバかったね。
ゾクゾクしながら二組目が出向いた。待っていると、小さく悲鳴が聴こえてきた後に戻ってきた。
どうした、なにがあったの。
いや、怖くて声出ちゃったの。
女子が怖がって悲鳴を上げただけで、別に何もなかったらしい。
それじゃあ、俺たちで最後だな。行ってくるよ。
最後の三組目、言い出しっぺと女子のペアが向かった。
早く帰ってこないかな。暗くなってきちゃったし。
そんなことを言いながら待っていたら、何事もなく三組目も帰ってきた。
トイレ、確かに開いてたけど、全然怖くなかったよな。臭かっただけじゃんか。
なあんだ、結局何もなかったのか。まあ、なんだかんだ盛り上がったからいいか。
みんなで一息ついて、じゃあ帰ろうかって歩き出した時に、男子の一人が言い出した。
三番目の個室がさ、怖かったよなあ。そこだけボロボロでさあ。
そうそう、なんか扉にシミみたいなのもあって、怖かったよねえ。
みんなが口々にその話をしていると、言い出しっぺの奴が素っ頓狂な声を上げた。
ええっ?なにそれ?
は?お前、見なかったの?三番目の個室の扉。
いや、中に入って見たけど、三番目の個室なんて無かったじゃんか。
はあ?そんなはずないだろ。
言い出しっぺ以外の奴が、口々に否定した。そいつ以外の全員が、不気味な三番目の個室があったって記憶していたんだ。
何言ってんだよ。だって、トイレの個室は二つしかなかっただろ。それって、掃除用具入れの事じゃねえの?
そんなはずないって。確かに三番目があったよ。なんでか、そこだけ薄汚れてて、不気味だったじゃんか。
そうよ。そこだけ、濡れてるみたいにシミがあって・・・。
なんだよお前ら。絶対に三番目の個室なんて無かったよ!
いや、そんなはず・・。
もういいよ!今からもう一回見にいってやるよっ!
そう言うや否や、言い出しっぺは早足で別棟に戻ってしまった。
ほっとくわけにもいかないから、みんなで渋々追いかけることにした。チェーンを跨いで、三階までの階段を上がっていると、言い出しっぺの声が聴こえてきた。
ほらっ、やっぱりな!三番目の個室なんてないじゃんか!
三階に辿り着くと、言い出しっぺがトイレの扉を開けて喚いている。
みんな、来てみろよ!やっぱり三番目の個室なんて無かったんだ!
ええ?そんなはずは・・・。
みんなで言い出しっぺの元に向かって、トイレの中を覗き込むと、三番目の個室から、異様に手足の長い女がヌルッと出てきている最中だった。
ほらな、みんな見ろよ!三番目の個室なんて無いだろ!
うわあああああああああああああああああああっ!
言い出しっぺ以外の全員が、猛ダッシュで逃げ出した。階段を転がるように駆け下りて、そのまま学校の敷地から飛び出して走った。
気が付いたら、全員で近くの公園のベンチでぜえぜえ息を吐いてたそうだ。
あれっ?そういえば、言い出しっぺは?
あ、あいつも逃げてたはずだけど・・。
おーい。
声の方を向くと、言い出しっぺがこちらに走って来ている。
お前ら、急に逃げ出して何なんだよ。びっくりして、俺も逃げたけどさ。何があったんだよ。
お、お前、あれ見てないの?
あれってなんだよ。ああ、そうそう。俺の言った通り、三番目の個室なんて無かっただろ?
どうやら、言い出しっぺの奴には、三番目の個室どころか、そこから出て来ていた異様に手足の長い女の姿すら見えていなかったらしい。
あ、あれってさ。トイレの花子さんかな?
女子の一人が言った。
三番目の個室に、花子さんがいるって・・・。
誰、花子さんって?
は、はあ?
なんと、言い出しっぺの奴、トイレの花子さんのことを知らなかったんだよ。あれだけ有名な都市伝説、現代妖怪を。
俺、よく知らなかったから、見えなかったのかなあ。
言い出しっぺの奴はあっけからんとしていた。
それから、何事もなく解散して、次の日から夏休みに突入した。全員が何事もなく、普通に夏休みを過ごしたそうだ。
そして夏休み明け、始業式の後で、男子グループの三人だけで、こっそりと別棟に赴いた。トイレを覗く勇気はなかったから、遠巻きに見るだけのつもりで。
愕然とした。
別棟の入り口、一階の階段の踊り場が、チェーンでなく新品のフェンスでガッチリと封鎖されていた。
三人とも、何が起こったのか分からなかった。別に、夏休み中に別棟で事故が起きたなんて聞いていないし、立ち入り禁止にするほどボロボロで崩れそうなわけでもない。
でも、なんで封鎖されてしまったのか、怖くて学校に聞くことは出来なかったそうだ。卒業まで近付くこともなかったから、三番目の個室が本当に存在したのかどうかも、謎のままに終わった。
あれって、トイレの花子さんだったんですかねえ。
後輩は不思議そうに言っていたよ。ちなみに、今はもうその別棟は解体されてしまって存在しないそうだ。
どう思う?手足の長い女がトイレの花子さんかどうかはともかく、どうして言い出しっぺの奴には見えていなかったんだろうね。それも、三番目の個室っていう存在すら認識できなかったなんて。
やっぱり、刷り込みかな?三番目の個室にトイレの花子さんがでるって刷り込みがあったから、言い出しっぺの奴以外には見えたのかな?三番目の個室から出てくるモノが。
でも、仮にそうだとして、なんで手足の長い女なんだろうね?トイレの花子さんって、全然そんな姿じゃないのにねえ。
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