愛と死
しゅりぐるま
愛と死
いく美はいつものように男の肌に舌を這わせた。男の両腕を押さえつけ、その敏感な肌を攻めているうちに、いく美の気持ちも高ぶってくる。あえぐ男の脚がいく美の濡れた股にふいに当たり、思わず声が漏れた。
今年54歳になる彼女の下に寝そべる男は高校時代の同級生だ。同窓会で再会し初恋の人だったと言われ、このような逢瀬を重ねるようになって随分経つ。よくあるチンケな話だ。ただ、いく美は男の話が本当だろうと嘘だろうと、どうでもよかった。まだ女として自分の肢体を持て余していた彼女にとって、その欲望を受け止めてくれる相手なら誰であろうとよかったのだ。ただ身元のしれない出会い系の男に手を出すのは恐怖の方が強かった。その点、同級生のこの男は素性もわかっているから安心だ。
いく美と30年連れ添った夫との間に子どもはいない。かといって、夫婦の関係ももはやなかった。ただ互いの生活に寄り添うだけのパートナー。穏やかな夫の愛に満足はしていたが、彼女の女の部分はいつも不満を訴えていた。
男の方はといえば、もうすぐ大学生になる娘と高校生の息子がいた。お互い家庭を失うようなリスクはとらなかった。月に1回程度、こうして密かに会い、火照ってコントロールの効かなくなった軀を淫らにぶつけ合うのだ。
当たった脚でいく美の準備が整っていることを知った男は、自分の物をいく美の中へと押し当ててきた。軀が歓びに震える。ゆっくりと動かしながら、自分の敏感な所へ男の物を誘導する。いい。さすがにこの歳になり、自分のことはよくわかるようになった。この男との相性も良いのか、若い頃よりもその快感はじっくりと濃密にいく美の肢体を支配していく。しばらく快感に身を任せ、いく美は大きな吐息をついた。
穏やかだが深い波が彼女の全身に襲いかかった時だった。
ふいに、いく美の鼓動は早くなり抑えが効かなくなった。苦しい。息ができない。いく美は死を予感した。
まさかこんなところで、こんな場面で。こんなどうでもいい男の上に乗ったまま。あなた、ごめんなさい。愛してる。愛してる。ただどうしようもなかった。私を許して。
届くことのない言葉を頭の中で繰り返しながら、いく美は意識を失った。
◇◇◇◇◇
妻が死んだ。腹上死だった。しかも相手は私ではなかった。
あの日、妻が倒れたと呼び出されて病院につくと、見知らぬ男のいる部屋に通された。妻の同級生だという。なぜこの男と一緒にいたのか、察しはついた。
妻は数年前から定期的に出かけるようになった。回数こそ少ないものの、その行き帰りの変貌ぶりから雰囲気で感じた。
いく美。彼女は、女を捨てきれなかった。私はそんないく美に応えてやれなかった。この男が、いく美自身が嫌悪するいく美の恥の部分を満たし、支えてていたのか。
男に怒りなどわかなかった。彼女の今際の時に一緒にいてやれなかった自分が情けなく、涙がでた。
その時その男がなにを話していたのか、どのような態度をとっていたのか、全く覚えていない。いく美の死がどんなに美しいものだったか、誰にも話していないのに噂は飛ぶように広がり、葬式は密葬となった。いく美の親族から再三頭を下げられたが、私はずっと自分を責めていた。
なぜいく美の女の部分まで愛してやれなかったのか。なぜ私の上で死を迎えさせてやれなかったのか。彼女は私の上で死にたかったはずだ。できないのなら、首を締めてでも私が殺してやればよかった。その方が彼女も喜んだはずだ。
いく美、お前の愛は伝わっている。お前が最期の瞬間に何を思ったのか、私にはわかる。こんな葬式しかあげてやれずにすまない。私もきっとすぐ逝くから。
また私を愛してくれ。
私はいく美の艶めかしい唇に自分の唇を押し当てた。
愛と死 しゅりぐるま @syuriguruma
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