セーブ地点まであと三分
水鳥ざくろ
第1話セーブ地点まであと三分
「こら! いつまでゲームやってるの!?」
「うーん。あとちょっとだけ!」
テレビの画面に夢中になっていると、時間の進むことなんか忘れてしまう。
壁の時計を見上げると、時刻は午後十一時を回ったところだった。まだまだ寝るには早い。けど、ゲームをしていて良い時間では無い。明日も学校あるから。
僕の家ではゲームはリビングでやるというのが家族のルール。自室だと閉じこもって出て来なくなっちゃうから。僕も妹もそれに小さいころから従っている。妹はいわゆるお年頃ってやつで、今はゲームから離れてしまっているけれど。
なので、母から白い目で見られるのは僕だけになってしまった。父は自分にも覚えがあるのだろうか、あまり文句を言ってこない。
「あとちょっとって……いつもあんたはそう言って!」
「セーブ! セーブ地点に行ってから消すから!」
「あと何分!?」
「三分! 三分だけ!」
「本当に三分だけだからね!」
そう言って母はリビングを出て行った。
僕は画面の中のキャラクターを急ぎ足で動かす。ああ、運悪くモンスターに出くわしちゃった! これを倒さないとセーブ地点に行けない……!
僕は、画面の中で「攻撃」を選んだ。三分、三分以内に倒さないと……。
すると、突然、眩暈に襲われた。
なんだ?
ぐるぐるする……。
画面に酔ったのかな?
僕は目を瞑る。
そして、次に目を開けた時、僕は緑色の草原の真ん中に立っていた。
***
「は……?」
「勇者! 何突っ立ってるんだ! 早く攻撃しろ!」
「ゆ、勇者?」
僕は困惑する。僕の隣には、先ほどまでコントローラーで操っていた「勇者」の仲間「剣士」が居た。大きな剣を構えて、モンスターの攻撃を防御している。
「勇者! さっさとしろ!」
「え、ええっ……」
勇者――僕は長剣と盾を手に、その場で固まってしまった。
これは、夢?
何で、僕が勇者になっちゃってるんだ!?
ゲームの世界に入り込んでしまっている。こんな夢、ありえない。
「勇者!」
「……っ!」
とりあえず、これは夢だということにして、僕は長剣を振り上げた。重い。重みまで感じるなんて、もの凄くリアルな夢だ。
夢の中なら何だって出来るに違いない。僕は振り上げた長剣を思いっきり助走をつけてモンスターに突き刺した。
「うおりゃあああああ!!」
「グオオオオオオ!!」
「勇者!」
長剣が刺さったモンスターは、霧が晴れるように眩しい光を放って消えてしまった。
良かった! 無事に討伐できたんだ!
ふう、と息を吐くと、剣士が僕の肩をパシパシと叩いた。
「何だよ! 心配させやがって! 急に固まっちまうからびっくりしたぜ!」
「……あはは」
僕は苦笑する。
だって、急にこんな世界に放り込まれたら誰だって僕みたいになるに違いない。僕は剣士に向かって言った。
「この先のセーブ地点に行こう。早く」
「まあ、そう急ぐなって。旅はゆっくりのんびりいこうや」
「駄目だよ。あと……そう、三分しかないんだ!」
僕は母の言葉を思い出す。
あの母のことだ、時間を守らないと強制的にコンセントを抜かれてしまうだろう。早く、夢から覚めないと……。
僕たちは急ぎ足で綺麗な泉まで向かった。ここがセーブ地点。泉に手をかざすと「セーブしますか?」の文字が現れた。僕は「はい」と答える。数秒の時間が流れて泉が「セーブが完了しました」と告げた。
「良かった。間に合って……」
「今日の勇者はせっかちだなあ」
その時、頭上から声が聞こえた。
『こら! 起きなさい! 風邪引くわよ!』
すると、また世界がぐにゃりと歪む。
眩暈にもう一度、目を瞑ると、僕は見慣れたリビングの中に居た。
***
「こら! 三分経ったから見に来たら、あんた寝てるんだから!」
「ん……ごめんなさい」
「早く自分の部屋で寝なさい!」
「……はい」
怒りながら母はリビングを出て行った。
僕はテレビの画面を見る。確か、モンスターに出くわして、それから……。
不思議な夢を見た気がする。僕が勇者になって、モンスターを退治して……。
「そうだ! セーブ! セーブしないと!」
ところが不思議なことに、画面の中の勇者たちはセーブ地点の泉に居た。おかしいな、ここまで進んだ記憶が無いのに……。
まさか、夢では無く本当に……?
画面の中では泉が「セーブが完了しました」と告げ続けている。
僕は不思議な三分間の出来事に首を傾げながら、ゲームの電源を落とした。
剣士に叩かれた肩が、少しだけ痛いような気がした。
セーブ地点まであと三分 水鳥ざくろ @za-c0
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