なり損ないの想われ方
鍵山 カキコ
変わる心とはじめての愛
とある二人の男女はSNSで知り合い、恋に落ちた。
そして当然のように愛を育み、やがて結婚した。
その末に誕生したのが、この私。
二人にとって、念願の子供。そのはずなのに、私を抱いた母の顔はみるみる青くなっていった。あの顔を、私は忘れることができない。
自分がおかしいという事は、生活の中で薄々気づいていた。
母も父も、肌の色は薄いだいだい色といった感じであるが、私は緑色。髪も生まれつき金髪であったし、角のような物も生えている。
鏡を見るたびに、首を傾げていた。
大きくなるにつれて、普通の人間の食べる物が口に合わなくなってきた。
酷い時には我を忘れて、草原に跳び交う虫を掴み取り……それを口に含んでいた。ペットショップに行くとお腹がグウゥと鳴るし、電線にとまる小鳥を見て涎を垂らした日もあった。
──けれど母に殴られて、それらが恥ずかしい事だと知った。
私が成長するのに比例し、両親との距離は遠くなっていった。
会話を交わすことも無いし、そもそも同じ屋根の下に居るのに全くすれ違わない。
彼らにとって私は『存在しない者』なのだ。今では弟を産んで、何事も無かったかのように三人で暮らしている。
(お父さんとお母さんは紛れもない人間。なのにどうして私は化物なの? ……人間に生まれていれば、私もあの輪の中に入って笑っていたのに)
生きていて楽しいことなんてなかった。鏡やガラスを見ると、醜い自分の姿が映る。15歳になった今では人用の食物に触れただけで嘔吐してしまう。
「死にたいな……」
憎たらしいほどに綺麗な夕焼けを眺めて、部屋で一人呟いた。大きな夕日も、「そうすると良いよ」と応援してくれた気がした。
ビルの屋上に立ってみたけれど、想像以上に怖い。足の震えが止まらない。
『死ぬ』ってどんな感じなんだろう。
全て終わってしまうのかな。
生まれ変わりって本当にあるのかな。
床と空気の境目の、ギリギリまで歩いた。
けど無理だった。
恐怖で体が固まりそうになったし、何より──どうして私が死ななければいけないんだ、という考えが、頭を支配した。
☆ ☆ ☆
「転校生を紹介します。……さあ、入って」
卒業も近いというのに、新たな仲間が我が校に訪れた。
まあ、私はみんなにとってのクラスの仲間に含まれていないが。
「
桐生くんは深々と頭を下げた。イケメンだからか、女子達はキャーキャーと声を上げている。
「じゃあ桐生はあの空いている席に座りなさい」
「はい」
先生の指差した、空いている席は私の隣。
桐生くんは驚いた様子で私を見つめながらゆっくりこちらに向かってきた。
周りの女子がクスクスと笑う声が聞こえる。
ただでさえこんな見た目なのに、机も椅子も切り刻まれて、恥ずかしくて仕方ない。
彼も私をいじめるのだろう。別に良いんだ、構わない。
桐生くんは椅子に腰掛けると、「……よろしく」と囁いた。
優しい声だった。
「……」
私は俯いた。
決して、照れくさかったからとかそういう訳ではなく……驚いただけだ。
桐生くんは私に良くしてくれた。
いつの間にか、少し仲の良い友達になっていた。
──皆の見ていない、影でこっそりと、ではあるが。
今日もまた、遠くの街で遊んでいる。
今、周りからの視線を浴びながらも、小さな公園のブランコでお喋りをしている。
「度々質問しちゃって悪いんだけど……。私、本当に酷い見た目の、化物だよ? 友達でいて、良いの?」
桐生くんはハハッと笑った。
「だから、肌が緑で、人用の物食べられなくて、角が生えてるくらいどうって事ないよ。いつも言ってるでしょ。……中身はあり得ないくらい純粋無垢だし、すっごく可愛いと思うよ。普通に」
桐生くんは私を褒めてくれる。その言葉を聞くと、ちょっと安心する。
「この頃ね、私、鏡を見るの嫌いじゃなくなったんだ。桐生くんが可愛いって言ってくれるから、自分に磨きをかけたいな、って思って」
「そうなんだ。じゃあこれから、どんどん可愛くなっていくんだね。楽しみだよ。その内、クラスの皆も君の魅力に気付くだろうね」
彼はやっぱり、優しく笑った。
「……」
「あ、もうこんな時間だ。家から遠いから、早く帰らないと。さ、駅に行こう」
桐生くんはブランコから降り、私の手を引いて走り出した。
走り抜ける道からは、暗いからかどんよりとした雰囲気を感じる。
(結構な暗さなのに、街灯点かないんだ……)
光を灯さず闇に佇む街灯と、吹き抜ける重苦しくなるような風が、私の不安を大きくさせようとしていた。
★ ★ ★
ある日、桐生くんが言った。
「ねぇ、聞いてほしい事があるんだ。良い方と悪い方、どっちから聞きたい?」
「……」
唐突すぎたその言葉に、何も返せなくなってしまう。
私はしばらく考えたのち、「じゃあ、悪い方で」と答えた。
「そっか。じゃあ言うね。──俺、転校するんだ」
「えっ」
生まれて初めて、人と離れる事への恐怖で涙が出そうになった。
「受験目前で大切な時期なのにって訴えたけど、親は「付いてこい」ってきかなくてね。一緒にいられなくて、辛いけど」
彼は申し訳なさそうに、表情を暗くした。
「じゃあ、良い方は?」
「……遠くに旅立っちゃうから、伝えた方がいいと思って」
桐生くんは一度大きな深呼吸をすると、よしっと言って私の手を握った。
「──好きです。大好きです。皆が「化物だ」と言って君を忌み嫌っても、俺だけは君のことを「可愛い」って褒めていてあげたい。その緑の肌も金の髪も頭の角も。見た目も中身も全てひっくるめて愛してる」
思わず私は赤面した。
愛を囁かれたことなんてなかったから、その言葉の一つ一つが頭の中で繰り返されている。
嬉しくて、おかしくなってしまいそうだ。
(いや、私は元々おかしいんだった。これ以上、変になんてなる筈ない)
「でも……俺はまた、遠くへ行かなくちゃならない。けど、信じてくれ。いつか必ず、迎えに来るから」
そう言って、桐生くんはポケットから小さな輪っかを取り出した。
そしてそれを、自分と、私の左手の薬指にはめ込んだ。
(プラスチックかな……?)
涙をこすって左手を空の光にかざした。小さい子が玩具として使用するような、そんな指輪だった。
でも、私達の気持ちは遊びじゃない。
「その時は、本物を買うよ。絶対に。だからその時までは……これをしていて。俺がその薬指を予約してるって印だから」
「……うん」
私達は互いの薬指を見ると、それをつっつきあってはにかんだ。
桐生くんの出発する日は、あっという間に訪れた。
その日は平日であったけれど、構わず見送りに行った。どうせ私が学校を休んだって、気にする人はいない。
しばらく会えなくなるのだから、一緒にいたい。
「桐生くん!」
「! が、学校は……?」
「休んだよ。ギリギリまで一緒に居たくて」
「直哉ー、あと5分くらいしかないわ、急いで」
私達が話していると、桐生くんの母親らしき人物がやってきた。
(どうしよう……桐生くんはこの姿に慣れているけど、お母さんは初対面だし、こんな化物と息子が喋っていたら嫌だよね)
「うん。けどちょっと待って。──この子だよ、話してた子」
「え?」
桐生くんが軽く私を紹介すると、母親は「あら〜」と言いながらにこやかに近付いてきた。
(気持ち悪がられて……ない!?)
「確かに言っていた通りね。……可愛らしくて、良い子そうだわ」
「でしょ? やっぱり俺の家族は、分かるんだなぁ、君の魅力が」
桐生くんは嬉しそうに何度も頷いた。
すると。
「おーい、お前達何してるんだ? 遅過ぎるだろ。早くしないと……」
父親も、場に現れた。
「あ、あなた! この子らしいわよ、ほら、直哉がいつも話してる女の子」
「ほう、君だったのか! 確かに良い子そうだな。さすがだ」
母親のみならず父親までも、私を「良い子そうだ」と称した。
今まで、初対面の人に見た目以外のことを言われた経験は無いというのに。彼らはいともたやすく、内面について言い放った。
「だが残念だな。もう行かないと──」
「あと3分あるわ。最後、短時間だけど二人でいなさい。私達は先に行ってるわね」
母親がそう言って不服そうな父親の背中を押し、先に進んでいった。
桐生くんは凛々しい表情で、私を抱きしめた。
「……桐生くん。私、貴方のお陰で変われました。だから、本当にありがとう。どれだけ感謝しても足りません。──絶対に待つよ、私。どんなに長い期間でも。だから安心して生活しててね」
「うん……」
彼の返事のあとは、無言だった。
けれど、心が通っているような気がした。わざわざ口から言葉を出さずとも、伝わっている気がした。
【間もなく、5番線に列車が──】
情などない、アナウンスが響き渡った。
二人は体を離し、悲しさから俯く。
辛そうに走っていく桐生くんを見て、私はこう言った。
「……大好きだよ」
傍から見れば、独り言かもしれない。
それ以前に、こんなナリだし。もう外聞なんて気にしている場合では、ないんだし。
私の声が、桐生くんに伝わればそれでいい。
「────っ!」
桐生くんが振り向いて何か言ったが、人が沢山いるのもあって聞き取れなかった。
(まあいいや。帰ってきてから聞こう)
桐生くんは行ってしまった。
けれど私の薬指には、彼との思い出が詰まってる。
(そういえば、お父さんもお母さんも、私と普通に接してくれたなぁ)
もしかしたら、案外、世界にはそういう人が多く存在しているのかもしれない。
私は明るくすっきりとした表情で、他人の視線が向けられる中、堂々と歩いて駅を出た。
なり損ないの想われ方 鍵山 カキコ @kagiyamakakiko
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