最期まで愛しながら
黒秋
ー
もし明日地球が滅ぶとしたら。
子供の頃、一度は話の種として扱う
もしものお話。
そのもしもが今現在訪れている。
…とは言っても数ヶ月の猶予はあった。
六ヶ月前に
「超巨大隕石が宇宙を漂っている」と、
ある天体の研究者が それ を認識した。
四ヶ月前にその隕石が
「もしかして地球に向かっているのでは?」と学者達は笑い混じりに話をしていた。
そして二ヶ月前にそれは事実へと変わった。
国家単位での観測、事実確認が進められ、
一ヶ月を切る前に秘匿された機密情報が
国民へと漏れた。
確か二週間前ほどには正式に発表されたな。
「…静か…だなぁ」
数日前まで狂騒に満ちていた我が家の通りは
いつのまにか静寂に満ちていた。
人々は死を迎えることを感じとり、
さまざまな反応を見せた。
狂気に堕ち、法の鎖から解き放たれ、
自らの欲を満たそうと動いたり
どうにかして死を免れようと足掻いたり
「せめて自分の好きな死に方で死にたい」と
地球崩壊前に確実な死を迎えたり…
そして私にも当てはまる…
『運命を受け入れたり』
…まぁ生きたいといえば生きたい。
限られた金持ちと選ばれた遺伝子の持ち主は
宇宙船で空へと逃げて行ったが
僕は特別な才能も巨万の富も持っていない。
ということで死を受け入れた僕は
自宅でこのように日記を書いている。
隕石衝突の予定時刻、
つまり終末までの時間は3分を切った。
そろそろ準備にとりかかるとしよう。
いつも飲んでいたインスタントコーヒーを
スッと飲み干し、水で口をゆすぐ。
昨晩剃った髭が少し伸びていたので
シェーバーで綺麗にした。
数年前、結婚式用に買った
純白の高級スーツを身につけ、
店員の消えた花屋から拝借した
大きな花束を持った。
こうして、準備が終わったので
最愛の妻が眠るベットに腰掛ける。
「…綺麗だなぁ」
と思わず口から漏れるほどに
彼女は白くなった顔で美しく微笑んでいる。
彼女は…残念ながら上記の 反応 の
どれにも当てはまらない。
強いて言うなら運命に殉じて
隕石以外の原因で、
自らの意思に反する死を迎えたのだ。
暴走する民衆が暴れながら放った凶弾が、
窓を除いていた彼女の首を貫き、
そのまま死へと至らせた。
もし病院がいつも通り営業していたとしても
おそらく助からなかっただろう。
…3日前のことである。
僕と最後の言葉を交わす前に
その生命は終結を迎えていた。
彼女のたった一人の伴侶として、
せめて隕石が降り、地球が崩壊するまで
美しいままでいてほしいと思い、
僕は彼女に防腐を行なった。
無論人間の防腐のやり方など知らず
ネット上の ミイラの作り方 や
死後の処理 などを参考にし、
全力でとりかかった結果として
今の美しさを保つことが出来た。
「…すっかり冷たくなっちゃって」
彼女を見ても不思議と涙は出てこなかった。
ベッドに倒れ、布団を妻と共にかけて
妻を抱きしめる。
…日記は…そろそろいいだろう。
終末まで残り30秒。
せめて最期は何事にも意識を向けず、
最愛の人を抱きしめて眠りたいのだ。
ーーー
残念ながら、地球が滅びる運命を
避ることはできなかった。
数年後、宇宙に出た者を含めて
全ての人類は滅亡した。
さて、これはバッドエンドなのだろうか?
どんなIF《もしも》が起こっていたとしても
地球の滅亡は決して覆らないとしたら、
日記の男にとってはおそらく
良いとも悪いとも言えない結末なのだろう。
…だが少なくとも彼と彼女は
終末が訪れた時でさえ
同じベッドで同じ表情のままだったという。
最期まで愛しながら 黒秋 @kuroaki
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