透き通った青の中

マフユフミ

第1話

ふわふわ、ゆらゆら。

ゆるやかな流れの中を揺蕩って。

ぼんやりした意識と、曖昧な身体。

この透き通った青の中、すべてを委ねる。


ぽわぽわと、光の粒が上へと上がっていくのがかすかに見える。

そこへ行きたい、と手を伸ばそうとするけれど、思うように身体は動かず、この流れの中揺らめいているだけ。

ただぽつぽつと何かが弾ける音が聞こえてくる。

さっき見た光の粒が、上に昇りきる前に弾けているのかも知れない。


身体の自由も奪われ、視界もほとんど奪われ、駆け巡るのはとりとめのない思考だけ。それでもそれを、決して不自由だとは思わない。

なるべくしてなった、ごく自然な状態。

巡りめぐって辿り着いた今だ、とそんな風に思えるから。


たぶん、いろんなことがあった。

嬉しいことも哀しいことも、様々な出来事を自分なりに駆け抜けてきて今に至る。

必死に走ってきたゴールがこんなに穏やかな場所であるなら、走ったことも走った距離も無駄ではなかったように思う。


こうなる少し前は、ひどく痛かったような気もするし、ものすごく苦しかった記憶もかすかにある。

それでも、今はこんなにも気持ちは凪いでいる。

優しい水のような、透明な青に包まれている。

柔らかい波の中にひとり。

まるで胎内のようだ、なんて思ったりして。何にとらわれることもなくひたすら揺蕩っている、こんな時間も、きっと悪くはない。


また、小さな光の粒。

流れ星のようにこの空間を滑っていく。

ビー玉みたいなその粒は、まるで命みたいだ。

キラキラキラキラ、それぞれがそれぞれの光を放ちながら消えていく。

決して掴みきれないそれを、どことなく心地良く思う。

命の営みは、美しく、そして自由だから。


ふと気付くと、遠くの方で、呼ぶ声がする。

聞き慣れたような、どこか懐かしい声。

誰の声なのか、なぜ呼ばれているのか、何一つ分からない。

何を言っているのかもはっきりとは分からないのに、呼ばれていることだけはなぜか伝わってくる。

そこへ行きたい、と思う。

行かなければならない、そう思う。

理由なんてないけれど。


動かない手足をなんとか必死に声の方へと向ける。

少しでも近付きたい、その気持ちだけで。

すると、指先からだんだん鎖が解けていくかのように、ちょっとずつ自由が戻ってくる。

さっきまであんなにも動くことが出来なかったのに、今はもう、腕も動かせる。

ほとんど見えなかった視界も、だんだんはっきりしてきたように思う。

さあ、あそこへ行こう。

流れの先へと手を伸ばす。

すると、はっきりしてきた視界の中で、自分の手の輪郭がひどく曖昧なことに気付いた。


握って広げて、確かめる手も曖昧で。

痛みもなく、音もなく。

しゅわしゅわしゅわしゅわ、自分自身が解けていく。

そうだ、この身体が青の中に溶け始めているんだ。


だんだん青と一体になっていくのが分かる。それとともに、声はどんどん近付いてくる。

この声は、呼ぶ声だ。この身体を、生の果てへと。

きっとこの身体が溶けきれば、この命は終わるのだろう。

美しく、儚い青に包まれて、この魂は空へと還っていく。

この青の中思う。

ああ、生きていた。

命の限り、生きていたんだ。


そして。

あたりはもうただの青。

ただ透き通った青だけが、そこには広がっていた。




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透き通った青の中 マフユフミ @winterday

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