第44話 リアルエンカウント

 まだ陽は昇っている。木々が陽の光を多少遮ってはいるが、ジメジメとした印象はなく、比較的視界は開けていた。モンスターがいたとしてもすぐに確認できるだろう。



「な、なぁ。ちょっと早くないか」


二人は森の中を足早に抜けて行く。俺は何とか追いつく為に少し走り始める勢いだ。


「これくらいは急がないと暗くなっちゃうよ。フェンルガンは夜目も効くからね」

「一匹くらいなら倒すことは簡単だけど、夜に集団で襲われたら厄介なのよ。それに……」

「それに?」

「ソニアのお父さんたちを早く助けてあげないとね」

「……あぁ、そうだな」


 リーゼの言う通りだ。二人が急ぐのも分かる。俺も負けじとスピードをあげ始めた。

 だんだんと地面に凹凸が現れる。木々も深くなってきたあたりで、横から何かが飛び出してきた。


「ヴォォォ!?」

「うおっ」


獣特有の吠える声と共に、鋭利な牙を向ける四つ足の狼が現れた。危うく噛み付かれるところだったが、飛び跳ねるようにして躱す。これがリアルなエンカウントなのか。不意打ちもいいところである。


灰色の狼。特に異世界のモンスターらしい特徴は見当たらない。あえて言うなら、瞳が僅かに白く光っているところか。白目のようにも見えて普通に怖い。それを抜きにしても、明らかな敵意を見せる獣って時点で恐ろしいものがある。


「ま、まさかこいつが……」

「いやこれはルガンだよ。フェンルガンより小型の種類だね」

「これよりデカいのがいんのかよ」


 こいつでも大型犬と大差ない大きさだぞ。フェンルガンとかいうモンスターはもっと大きいのか。さすがSSクラス。半端ない。


「うわっ」


 とりあえず一匹だけ現れたのだが、それでも俺には手が負えない。飛び掛かる一撃を何とか躱すのが精一杯である。



「ラルク君は下がってて。行くよリーゼ」

「ええ。手っ取り早く行くわよ」


 臨戦態勢を取る二人。腕を振って魔力を操る。それぞれ特有の剣を具現化して構えた。


 リーゼの剣は一瞬だけ炎を猛らせたかと思うと、鋭い西洋の剣が出現する。白銀の剣。まさに世界を救う勇者が持っていそうな神々しいデザインである。

 逆にルキナの手には雷が生じた後に黒剣が握られている。魔王が持っているようなデザインかと言われると自信はないが、禍々しいプレッシャーは確かに放っている。


「つ、強そうな剣だな」

「リーゼのは”灼熱の太陽剣エクスフェルド”。私のは”撃鉄の雷光剣トニトルス”。自慢の剣だよ」

「いいからルキナ。余所しない」


 目の前のルガンを無視して説明してくれるルキナをリーゼが咎める。その間に、飛び掛かったあとの態勢を直したルガンが再び牙を向ける。


「分かってるって」


 俺とは違い、ルキナは襲い来るルガンを余裕を持った身のこなしでいなしてしまう。そのまま目にも留まらぬ剣技でルガンを切り裂いた。


「ガアアァアゥ!!」


 ルガンの血飛沫が舞う。だが致命傷には至らない。ルガンは血を流しながらもきっちり着地してこちらの様子を窺っていた。


「まだやる?」

「グルッ……」


 ルキナの問いかけに応じたのか。ルガンはゆっくりと旋回するように距離を保つ。タイミングを計っているようで、いつ仕掛けるのか分からない。また飛び掛かると思っていたが、突如ルガンの身体が白く光る。口を大きく開き、吠えるようにして白い衝撃波を撃ち出した。

 普通の狼と大差ない。そんなわけがなかった。立派にモンスターらしく魔法を使った。しかしルキナにそんなものはきくはずもなく、ルキナは剣の一振りで衝撃波を無効化させる。そのまま、振るった剣先から放たれた電撃がルガンを襲った。


「ギャアウッキャァン……」


 まともに電撃を受けたルガンは横にドサッと倒れ込んでしまう。やはりルキナからするとルガンの一匹や二匹、たいしたことないようにあっさりと片付けてしまった。何と心強いことか。


「ま、こんなもんかな」

「私の出番はなかったわね」


 二人して戦う準備をしたものの、結局ルキナだけだったのでリーゼは不服そうにも見えた。せっかく異世界転生を果たしたのだから、俺も同じようにバシッと片付けたいものだ。しかし、今の俺はまだ魔法まともに使えない。少し残念だが、リーゼとルキナという戦力はありがたいことだ。

 そんなことを考えていると、女の子の叫び声が聞こえてきた。


「きゃああああぁぁぁ」

「え、なに?」

「悲鳴?」


 その声はだんだんと大きくなってくる。声のする方向も、俺たちがやって来た後方からである。何事かと後ろを振り返ると、草の茂みがガサガサと大きく揺れる。やがて、俺たちの目の前に影らしきものが飛び出してきた。


「きゃあぁ!」


 その声の主はどうやら転んだようで、最終的にごろごろと地面を転がってきた。その影をよく見ると、何と先ほど話していた女の子、ある意味依頼主と言っても良いソニアであった。


「え、ええぇ! 何でソニアちゃんがここに?」

「ついてきちゃったようね。それに、厄介ものまで一緒に連れてきたみたいね」

「え?」


 俺には、リーゼの言葉が、後半はよく分からなかった。だがすぐに理解することになった。ソニアが出てきた後方から次々と先ほど倒したルガンが何匹と飛び出してきたのだから。


「マジかよ」

「ルキナ、やるわよ」

「もちろん」

「あんたはソニアちゃんを保護。早く」

「わ、分かった」


 俺は急いでソニアちゃんを引き寄せる。ルガンに襲われないように、早くにルガンたちから距離を取った。二人の邪魔にならないようにするのが今の俺の仕事だろう。幼女を助けるなんて、ようやく異世界転生らしくなってきたじゃないか。

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