第32話 その姿はまさに勇者と魔王

絶望に視界が覆われる。そんな折、目の前が紅く染まった。まるで絶望に覆われた気持ちを晴らすかのように、紅く燃え上がる炎が現れたのだ。ちょうど、モンスターと俺たち阻む壁のように。





「これって……まさか」





 獣型のモンスターは、見た目通り火に弱いのか僅かに怯む。その隙に、廊下を高速で駆け付けたリーゼとルキナが同時に跳び蹴りをかました。助走をつけた二人の凄まじい両足蹴りは、モンスターを吹き飛ばすほどの威力を見せる。





「ははっ、随分と待たせてくれたな」





 少し心に余裕が出た俺は皮肉を口にした。それに対して、着地したリーゼが顔を赤らめて反論する。





「ぅ、うるさいわね。助けてあげたんだから感謝しなさいよ」


「結構やばかったんだ。感謝してるよ」





 助かったと思えた俺は力が抜けてしまう。四人も運ぼうとしたのがそもそも無茶だった。俺は気を失った皆を、気をつけながら横たわらせる。特に頑張ってくれたチェルシーには丁重に扱わないと。





「さすが私の使い魔。頑張ったね。後は任せて」


「あぁ、任せる」





 使い魔と呼ばれたことを撤回しようとは思わなかった。そんな元気もないし。何より、頑張ったねと言われたことが嬉しかった。そんな言葉は、久しく掛けられたことがなかったように思う。


 任せてと言ったルキナは、親指を立てる。俺も倣って親指を伸ばして応えた。


 その時、吹き飛んだはずのモンスターが、二人に向かって襲い掛かっていた。





「あ、危ないっ!」


「大丈夫!」





 背後に目でもあるのか。ルキナは背後に迫る影を察知していたようで、振り向きざまに攻撃を仕掛ける。バチバチと電光を発するルキナの動きを、一瞬見失ってしまった。気付けばモンスターが呻く。ルキナは懐に入り込み、肘打ちでめり込ませていたのだ。


 大きく項垂れるモンスター。そこに飛翔するように跳びあがったリーゼが、めいいっぱい炎の弾を撃ち込む。





「もぅ、私に当たったらどうすんのさ」





 散弾銃のように容赦ない攻撃は、モンスターに大打撃を与えたようだ。だが的となったモンスターの近くにはルキナがいる。当然の抗議であるが、ルキナはかすり傷一つない。そればかりか。





「よく言うわよ。あんな攻撃がルキナに当たるわけないでしょ」


「ま、そりゃそうだけど」





 何とも余裕のある、頼もしいやり取りである。その間に、タフなモンスターは体を起こす。幾つもの火傷の痕が確認出来るが、まだまだやる気らしい。攻撃された怒り故か、より迫力あふれる咆哮を見せる。





「あんな攻撃じゃ効かないってさ。どうする?」


「決まってんでしょ。だったら徹底的によ」


「わお。リーゼちゃん燃えてる」





 文字通り燃えてるけどな。





「当たり前でしょ。友達をこんな目に合わされてんだから」





 ルキナにからかわれた時のように、我を忘れてるわけじゃない。至って冷静だ。それでも、リーゼが今静かに怒っているのが分かる。





「ま。それについては私もカチンときてるけどね」





 ルキナがパリパリと微弱な電気を纏っている。魔力を少ししか開放していないというより、何とか抑え込んでいるようにも見える。





「リーゼ……ルキナ」


「言っとくけど、あんたじゃなくてチェルシーのことよ。それに! 気安くリーゼって呼ぶなって言ったでしょ!」


「ご、ごめん」





 確かリーゼロットって呼べって言われてたっけ。もう俺の中ではリーゼで定着してしまったが。


 そんなやり取りの間に、モンスターは態勢を整える。何度も邪魔され、その上新たな邪魔者が二人も増えたのだ。モンスターの怒りはピークに達したようだ。





「うるさいなぁ。そんなに吠えなくても聞こえてるってのに」


「ただの威嚇でしょ。私が仕留めるから、ルキナは手出さなくてもいいわ」


「えぇ? 私がやるからリーゼこそ引っ込んでなよ」





 俺は耳を疑う。まさか二人とも、自分だけで大丈夫と言っているのか。驚くことに、モンスターをほとんど無視して、どっちが相手をするのか喧嘩を初めてしまった。





「私がやるって!」


「いやだから。私だって!」


「リーゼ! ルキナ! 来てるぞ!」





 俺は叫ぶ。揉み合う二人に向かってモンスターが迫る。喧嘩なんかしてる場合じゃないぞ。愚行とも思える二人だったが、モンスターを改めて視界に留めると、その顔は後腐れなく澄んでいた。ただ目の前の敵を見据えて戦闘モードへと思考を切り替えたようである。


 だが、モンスターの前足が二人を襲う。力強く遠慮のない一撃。どれだけ凄い魔力を有していても、リーゼもルキナも小柄な女の子だ。モンスターの前足は、簡単に二人を踏み潰してしまう。かに思われた。





「さすが」





 少しばかり心が躍ってしまう。リーゼは左。ルキナは右へと跳躍してしっかり避わしていた。そうだ。既に二人の戦いぶりを、俺はもう見ていた。そんな簡単にやられるわけがない。二人とも天井にも届くばかりのジャンプ力だ。そのまま流れるような動きで攻撃に移る。ルキナが雷を放出すると、モンスターの周りに絡みつくような電流に浴びせる。まるで蜘蛛の巣に掴まった獲物だ。リーゼがすかざず火柱を出現させる。もちろん中心にいるモンスターは圧倒的な火力で焼き尽くされる。

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