第19話 決闘
ワープしただけあって、闘技場内での移動はあっさりしたものである。僅か十メートル程歩くと外に出た。まさにコロシアムのような舞台である。今は何もイベントを行っていないようで、歓声溢れるなんてことはなかったが、向こう側なんて殆ど見えない。この規模たるや、東京ドームくらい凄いのではなかろうか。まぁほぼ引きこもりだった俺に東京ドームの規模なんて分からんから適当であるが。
「ここもすごく広いな」
「凄いでしょ。一万六千三十二デルトもあるんだよ」
「……お、おぉ。マジか。そりゃ凄いな」
いやすまん。全く分からん。ルキナは恐らくこの闘技場の広さを教えてくれたんだろうが、聞いたこともない単位だし。リアクションが取りにくい。とりあえず驚いたふりをしてみた。
「ここの凄いところは広さだけじゃないわよ。魔法でフィールドを変えることが出来るの。森とか水辺とか。色々な状況をシミュレーション出来るから、実戦にはうってつけってわけよ」
「へぇ、そうなのか」
今は至って普通の砂地だ。それを変えることが出来るってんだから魔法って本当に便利だな。
俺がリーゼの解説に感心していると、リーゼは何故かむっと顔をしかめた。
「へぇ、そうなのか。じゃないわよ」
「ぅえっ?」
俺の下手くそなモノマネを披露したかと思うと、リーゼは吠えるように怒りを露わにする。
「言っとくけど、私はまだ貴方を同じクラスとして認めてないから!」
「え、マジかよ」
結構ちゃんと案内してくれてたじゃないか。何をさも今思い出したように言ってんだよ。
「忘れてたわけじゃないわよ。何処の誰とも知らない奴といきなり組まされて納得なんかしてない。大体まだ貴方がどんな魔法を使うのか。実力も知らないのに」
それは確かに。
「ここに連れてきたのはね。少しでも足を引っ張られないように、貴方の実力を知るためなんだから」
「ここじゃないと魔法使ったらまた怒られるもんね」
「……そうね」
おい。これはまずくないか。俺魔法なんか使えないぞ。美少女二人を侍らす学園案内イベントだと思ってたのに。俺が魔法なんか使えないと分かったらどうなるんだ?
足手まといのレッテルを貼られて二人からぞんざいな扱いを受けてしまうのか。最悪転生者だってバレちまうのか。だらだら汗をかく俺に、リーゼは非情にも今すぐ下に下りろと言う。
「と言っても、下に降りる道が分からないんだけど」
「飛び降りたらいいでしょ」
無茶言うな。結構高いじゃねぇか。下手したら三階に位置するくらいだぞ。死んでしまう。
「あー、もう」
明らかに苛立つリーゼ。やばい。ここはなるべく穏便に済ませないと。
「そ、それよりさ。俺そろそろ寮が見たい……ってえぇ!?」
俺が言葉を選んでいると自分の体に違和感を覚える。そりゃそうだ。何せ体が浮いてるんだから。ふわふわと浮く俺は、ゆっくりと観戦席の柵を越えてしまう。すると、急に浮力はなくなり俺は真っ逆さまに落ちてしまう。
「うあぁああぁぁあ!? いてっ!?」
結構な勢いで落下したものの、俺は何とか無事らしい。体を打ち付けて痛いのは確かだがそれくらいだ。もしかしたら 転生したことにより、よくある体の強化でもされているのかもしれない。それは願ったり叶ったりだが、正直今はそんな場合ではない。
「ちゃんと手加減してよ。殺しちゃ駄目だからね」
「分かってるわよ」
顔を上げると、観戦席にいるルキナと、いつの間にかフィールドに降り立つリーゼからそんな会話がされている。一体何故こんな事に。俺何も悪いことはしてないぞ。
「それじゃあ、私はいつでもいいわよ」
俺はいつでも良くない。って言っても聞いちゃくれねぇんだろうな。目の前のリーゼはテンション高々に、既に炎を喚び出していらっしゃる。メラメラと燃え盛る紅蓮の炎。まだレベル1の勇者の身分でラスボスの前にでもいる気分だ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。ごめん。正直に言うと俺魔法使えないんだ」
「は?」
無理だ。この場を誤魔化す手立てなんか思いつかない。せめてアドゥルスがいてくれたらと思うが、俺では何も出来そうになかった。
「そんな嘘信じると思う?」
だがリーゼから発せられたのは疑いの言葉だった。
「えっと、嘘ではないんだけど……」
「魔法が使えないわけないでしょ。強弱はあるものの、魔法を使えない人間なんかいないし。第一、貴方さっきここまで転移出来たでしょ」
それがどうしたというのか。きょとんとする俺。リーゼは悔しそうに、くっ……と呻いた。有名な「くっ殺」かと思ったがそんなことはなかった。
「魔法を使うには魔力がいるし。誰しも魔力は持ってるよ。だからこそさっき転移できたんだから」
上からルキナがそんな解説をしてくれる。なるほど、そういう仕様だったのか。するとつまり、俺は体が痩せただけでなく、強くなったばかりか。魔法も使えるのか。さすが異世界転生最高だぜ。
そうなるとそこまで悲観しなくてもいいのではないかと思う。俺も魔法が使えるというなら、今のこの状況も魔法でどうにかすればいいだけの話だ。うまいことリーゼを倒してしまえば、「強い人は好き」と見直してくれるかもしれん。
ふっふっふ。となれば、やってやるしかないだろ。俺も男だ。
「わけのわからない嘘を言ったと思ったらようやくやる気になったみたいね」
「なに、魔法には魔法というありがたいお言葉を思い出しただけさ」
俺は両手と片足をあげて適当に構えたのち、一直線にリーゼへと向かった。
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