第12話 勇者の娘と魔王の娘

「実はこいつ孤児でな。まぁ北のノルタジア戦争に巻き込まれたようで俺が一時期保護してたんだ。で、たった今このアカデミーに入学希望で来たとこだ」


「じゃあ他言無用だってのは?」


「俺はこいつから来るって聞かされてないし、アカデミーからも通達はなかった。だからいきなり来たんだと思ったんだよ。ま、案の定だったが、お前らが騒いだら不法侵入とかで面倒になると思ったから、確認するまで念の為の処置だったわけだ」


「ふぅん」





 ペラペラとそれらしいことを言ってのけるアドゥルス。即席だとしたら凄すぎるな。そこまで聞いた二人は一応納得したようだ。だが、ルキナがふと重ねて疑問をぶつけてきた。





「それで、名前はユウトでいいの?」


「お、おおそれな。いや俺も詳しくは知らんがこいつの家系のしきたりらしく、名前は二つ与えられるそうだ。最初に名乗ったのは仮みたいなもんだから忘れて良い。今から本当の名前を教えてもらう」





 まだ腰を落としていた俺に合わせて、アドゥルスも再び身を屈める。そして小声で叱咤してきた。





「ラルク・レッド・グリーヴスだ。死ぬ気で覚えろ。いやマジで」


「分かったよ。でもよく、そんな出まかせが出てくるな」


「おう、天才だからな」





 取り敢えず今のドヤ顔は見なかったことにしよう。どうやら最初の関門は、覚えにくい新しい名前を覚えることらしい。ま、俺も伊達に暇して、本格ファンタジーRPGを何十本もやっておらず、時間も何百時間と費やしてきた男ではない。その気になれば横文字の名前を覚えることくらいわけはない。





「俺の名前はラルク・レッド・グリーンです……いだあぁっ」





 後ろから頭を殴られた。さっきより痛い気がするんだけど。





「お前マジで死ぬか? つーかもういっそのこと、俺が殺してやろうか」


「ひぃ。も、もう一回チャンスを」


「死ぬ気でやれ。いいな」


「はひ」





 アドゥルスの目が据わっていた。もしかしなくてもマジだと感じた俺は、泣きそうになりながらやり直す。いい加減リーゼとルキナの視線も痛い。自分の名前を間違えるくらいアホなのかという視線だ。


 ようやく自分の名前を言えた俺は、ふぅと息をつく。無難によろしくとだけ言うと、何とルキナから不満が飛んできた。





「えぇ、それだけ? 何か芸とかないの?」


「え、えぇ?」


「ルキナお前。どーせ授業したくないからだろ」


「あはは。バレちゃってますね」





 会社の飲み会みたいなノリだったが、アドゥルスから却下されて俺はホッと胸を撫で下ろす。芸なんて何も出来ねぇよ。せいぜい、ゲームのスーパープレイが二つあるくらいだ。つっても、プレイ動画を真似ただけだけどな。





「でも、どんな魔法を使うのかは見せてほしいですけど」





 リーゼが案を出す。俺はてっきり、怖いおっさん、もといモーリス学長の時のように花火を見せるものだと思った。しかし、アドゥルスはどうしたことか、言葉を濁す。





「あぁ、それはまた今度な。今は時間ないから端折る。取り敢えずはだ。もう顔は知ってるだろうが、こいつらも紹介しとく」


「あ、はい」





 何だかんだで距離のあった二人だが、ようやく改めて対面出来たと思う。散々な目に遭ったが、おかげでリーゼとルキナの名前は覚えることが出来た。


 俺と同じように前に出るのかと思ったけど、そうはしないようだ。俺は教壇の前に立ったままで、アドゥルスが二人の紹介に入る。





「向かって右がルキナ。銀髪が特徴のおてんば娘だ。もう既に分かるだろうが、魔力が強い分、手がつけられない。最悪の問題児と言っても良い」


「アドゥルス先生。その紹介は酷くないですか?」


「事実だろうが」


「ちぇ〜」





 ルキナは唇を尖らせて不満気な表情を見せる。俺的に紹介を付け足すなら、そんな表情も可愛いということだ。改めて見れば、時々見せる八重歯が幼く見せるものの、整った顔立ちなのは間違いない。恋愛シミュレーションゲームで言うなら、元気一杯な幼馴染みか妹ポジションだろう。多分。





「んで、左のピンク色の髪してるのがリーゼだ。成績は優秀だが、負けず嫌いですぐムキになって怒りっぽいとこが唯一にして最大の欠点ってとこか」


「あ、アドゥルス先生。私は別に怒りっぽくなんかありません」


「じゃあまずは、所構わず炎を出すのは控えろ。いやマジで」


「うぅ……」





 痛いところを突かれてしまったのか。リーゼはシュンと落ち込んでしまった。一応自覚はあるようだ。まぁ右にいるルキナが原因っぽいけど。


 あとはやっぱり、リーゼも可愛いと思う。貧乳を気にしてるっぽいのもそうだし、キリッとした表情から、今の大人しくなった表情まで絵になってる。主人公を起こしに来る幼馴染みか、委員長ポジションってとこか。





「で、ラルク。今お前が何を考えてるかは顔を見れば大体想像がつく。だから、先に歴史の話をしてやる」


「え?」





 突然アドゥルスに、何を考えてるか分かると言われて焦ったのもある。それに、急に歴史の話と言われ、何故このタイミングなのか俺には謎だった。





「まぁ常識の範疇だが、かつて世界を掌握しかけた転生者がいた。そいつを討った主力の六人は六英雄と呼ばれている。その内の二人は、絶大の力を持った勇者と、強力な魔族を統括する魔王だ。それぞれの名は、フェルナンディ・アルクレイと、キングリィ・フォン・ハルバート」





 何か凄そうな名前が出てきた。っていうか、勇者と魔王普通にいるのかよ。内心驚く俺を余所に、アドゥルスは続ける。





「そんで、今目の前にいるこの二人だが」





 アドゥルスが二人に視線を向ける。つられて同じように俺も二人を見定めた。まさか……?





「リーゼロット・アルクレイ。ルキナ・フォン・ハルバート。二人は英雄として讃えられる勇者の娘と、魔王の娘だ」


「……!?」


「だからまぁ、手を出したら死ぬぞ」

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