第2話 炎と雷と喧嘩する女の子
目を覚ますと病室の天井は見えなかった。代わりに、視界にあるのは大きく広がる青い空だった。
おいおい、あの状況で俺放置されたのかよ。さすがに皆薄情すぎじゃないのか。助け合いの精神は何処行ったのよと文句を垂れながら、俺はむくっと起き上がった。
何だろう。いつもと違う。普段より軽快に体を動かせた気がした。
「え……?」
自分の腹を見て驚く。あんなに無駄にあった脂肪がいっさいない。ごく一般的な、すっきりした腹だ。何でだろう。寝てる間に脂肪吸引でもされたのかな。馬鹿なことを考えるが、もう一つ腹部に違和感がある。
自分が着ている服も、寒さを凌ぐコートではなく、見たこともない服だった。カーキとグレイで彩られた半袖シャツみたいなのを着ていて、ついでにズボンも真っ黒だが生地が薄く動きやすいものだ。
こんなんじゃ寒すぎだろと思うのだが、そんなことは全くない。むしろ温かいし、肌を擽る風は心地よいくらいだ。
ていうかここは何処なんだ。見渡してみると、俺が草原、いや芝生の上にいることが分かった。一見何もない地平線だ。
俺の知っている行動範囲にこんな場所はない。ネットとかの情報で、草原と言えば何となく北海道とか、オーストラリアとか思い浮かべるがどうも現実的ではない。それどころか、いつもかけている筈の分厚い黒縁眼鏡も無くなっている。眼鏡なしで見えるということは、視力が戻ったということなのか。
いやそもそも俺、冷静に考えればあの時死にかけてたはずだ。
「もしや、ここがあの世なのか」
そう考えたほうが、何だかしっくりくる。思ったより何の変哲もない場所だから、天国に来たのか。それとも地獄に落ちたのか分からない。
ただただ、やっぱり俺死んだのか。と考えるとちょっと泣きそうになった。
今思えば、懐かしい奴らに会えたのって走馬灯だったんだな。せめて童貞は捨てたかった。変なプライドなんか持たずにさっさとそういうお店にでも行けば良かった。
というか先に死ぬとか親に申し訳ない。しみじみすること、体感時間で約十八分。
俺はいまだ一人取り残されていた。
「おい、俺はこれからどうすればいいんだ」
誰もいないがとりあえず怒ってみた。他の死者とか、案内人とか、閻魔さんとかいるだろう普通は。職務怠慢なのか。それとも死んでしまったというのに、ここでも俺は厄介者扱いなのか。
やばい。ネガティブなことを考えると、また涙出てきた。死んでもメンタルの弱さは直らなかったよ。
一人で泣いてると、遠くで音が聞こえた気がした。何の音か分からないが、確かに人の声もしたと思う。ネットも何もないところだから、俺は少し嬉しくなって音のするほうに駆けて行った。
とりあえず助けてもらおう。ここがどこか教えてもらって、どうするべきなのか考えよう。
脂肪がなくなった分、俺は軽快に走りながら考えをまとめた。コミュ障な俺は事前にリハーサルをしないと思ったように喋られないんだ。けど音に近付くにつれて、まとめた俺の考えは霧散した。
あまりに現実離れした状況が見えたのだ。いや、あの世だけどさ。
「このっ、いい加減にしなさい!」
「それはこっちのセリフ!」
俺の眼鏡が曇ったのか手にかけ……、あ、いや眼鏡かけてなかったんだった。代わりに目を擦ってみる。そして夢でないかと思ってやる手口を初めて行う。
ほっぺたをつねってみた。痛い。あ、顔の肉もなくなってる。いや、そうじゃなくて。
目の前に広がる光景。それは夢か現か幻か、あの世か。
二人の女の子がアニメのように戦っていた。高く跳んでは、物理法則を無視して宙を移動し、掌からは炎や雷みたいなものを撃ち出している。
深夜アニメに放送していた、魔法少女の戦いを間近で見ているようで、俺は少し胸が躍った。
「お。おぉ」
画面越しじゃない分、凄い迫力だ。二人は戦いに夢中で俺には一切気付いていない。
映画でもこの迫力は拝めないと、危険じゃない距離を保ちながら近付いた。戦っているのは桃色の髪に、青い瞳をした女の子と、銀色の髪に赤い目をした女の子である。
桃色の方は腰まで届くロングストレートで頭にカチューシャのようなものをつけていた。それには羽みたいなものがついている。
ゲームでよく見るように、腕など部分的にだけ甲冑を装備しており、軽快な動きでスカートがひらりと舞っていた。
銀髪の方は、肩までの長さの髪だが後ろで小さく二本括っている。頭の後ろだし、長さからしてツインテールとは違うだろう。赤いリボンがよく目立っていた。
この娘も同じような甲冑を身に着けているが、少しデザインが異なっているようだ。そしてこの娘もスカートなので、中が見えそうな気がしないでもない。
「元はと言えばあんたが原因でしょうが」
桃色の髪をした女の子が跳びあがって腕を伸ばす。その腕からはゴオォと赤い炎が生まれて相手の女の子を襲った。当たるかと思ったが、銀髪の女の子はあっさりくぐって避けていた。
「そっちも同罪だって。それを認められないなんて器が小さい証拠だよ。胸が小さい奴はこれだから嫌だね」
「はぁ? む、胸は関係ないでしょ。だいたいそんなに変わらないくせに」
「でも私のほうが大きいことに変わらないもんね」
今度はお返しとばかりに、銀髪の娘が右腕を掲げた。
バチバチと閃光が弾けると、指先から雷が撃ち出された。炎より幾分か速い攻撃だ。避けられるのかと危惧する俺だが、桃髪の娘は何のことはない。
瞬時に襲う雷を、腕を払ってパァンと無効化してしまった。
す、すげぇ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます