微笑むのは僕か彼女か

七荻マコト

微笑むのは僕か彼女か

「おはようございます」


 生徒たちの挨拶が飛び交う。

 学校の校門が一番賑わうのが登校時間だろう。


「おはよー、今日も元気そうだな。春日」


 生徒指導の剛田先生が近づいてくる。


「おはようございます、剛田先生」


「急な職員会議で立哨が遅れて悪いね」


「いえ、風紀委員として当然の業務をしているだけなのでお気遣いなく…」


 『剛田』と、いかにも強そうな名前の先生は、性格はその名の通り豪胆で気さくな人気のある女性教師なのだが、名前に反して体躯が小さく同級生に見えるほどの外見をしていた為、威厳は無かった。

 それでも、持ち前の性格が生徒指導に向いていると思うし頼りになる時もある。

 我が校の朝は、登校時間が終わる8時30分の予鈴が鳴るまで、教師一人と風紀委員一人が校門指導として立哨する決まりになっている。


「さて、今日は間に合うかねぇ。愛しの御子柴さんは」


 如何にも愉悦の表情で楽しんでいるこの先生が憎らしい。


「さ、さぁ?どうでしょうかね」


 僕は何でもない振りをしたが、仄かに頬が紅潮していることは隠せそうもなかった。

 御子柴とは、最近僕と付き合いだした彼女で、不良として一目置かれるほど校内でも有名だったが、数日前から髪を金髪から黒に染め直し、ピアスやアクセサリも付けなくなり、着崩していた制服も校則通りに整えて着るようになって、それはもう学校中が大騒ぎになったものだ。


 そして、突如として金髪ヤンキーが清楚系美少女に生まれ変わったのが、僕と付き合いだしたことが原因だと学校中に広まったので、さぁ大変。

 審議を確かめる質問の嵐に、まぁ本当のことなので肯定していたら、友達や先生まで面白がってからかってくる始末、僕ってそんないじられキャラじゃなかったはずなのだが。


「あの問題児が君と付き合うことになるとは…長年教師やってると色んなことがあるねぇ」

「そういえば、先生ってみそ…」

「おっと、それ以上は成績の保証が出来なくなるぞ!」

「教師としてあるまじき脅しだ…」

 勿論お互い冗談だと理解はしている。


「人間30手前になると、もう結婚式に呼ばれるより、出産祝いをせびる声が増え始めるもんさ。そりゃ、独り身としては荒んでしまうじゃない?」

 同意を求められても…。


「では、そろそろ始めるとしよう若者よ…」

「またですか、はぁ…」


 この先生、悪い先生ではないのだが、三度の飯より賭け事が好きなのが度し難い。


「外見は不良から脱したと言っても、生活態度は直ぐに修正が効かないだろうと予想する。いつも遅刻の常習犯だった御子柴が急に来るようにならんだろう。私は間に合わない方に賭けるぞ」

「では、僕は間に合う方に賭けます」

「ふん、愛の力というやつか。くだらない、人間そうそう本性は変わらんと思い知るがいい」


 悪役みたいな台詞を恥ずかしげもなく吐くのは、みそ…妙齢の女性。


 時間的にあと3分で予鈴が鳴る8時30分になる。

 この最後の3分が勝負となったようだ。


「しかし、感慨深いものがあるな。私に恋の相談をしていた春日はもういないのか」

「おかげさまで成就しましたので」

「確か好きになったきっかけが、下校途中の公園で、転んで泣いている子供の手当てをしている御子柴の優しい一面を見たのをきっかけに、自然と目で追うようになったって言ってたな」

「よく覚えてますね」


 頬に朱が走る。照れくさい過去の話は止めて欲しい。

 恋愛経験皆無の僕は、立哨時に剛田先生にポロリと相談してしまう失態を犯してしまったのだ。


「かかっ!鉄面皮やら鬼の風紀委員と恐れられている春日の照れた顔が見られるようになるとは、御子柴にお礼をいわないとねぇ」

「人の恋愛を酒の肴に楽しむみたいな人が教師やってるこの現実…」

「教師に対しても臆面もなく意見するお前の物言いも、御子柴が絡むと可愛くみえるな。かかっ」

「笑い方がおっさん臭いですよ、三十路先生」

「ああ~~~!!言ったなぁ。この野郎!減点するぞ」


 そうこう言い合っているうちに、3分あっという間に過ぎてしまった。


 キーーンコーーーンカーーーン!


 もう校門をくぐる生徒もいなくなり、予鈴を知らせる音が鳴り響く。

 校門から外をずっと見ていた二人は遂に御子柴の姿を捉えることが無かった。


「勝負は私の勝ちだな、ふぉふぉふぉ」


 勝ち誇ったワザとらしい笑い方が癪に障る。


 期待してなかったと言えば嘘になる。

 それでも僕は、勝っても負けても御子柴を選ぶ以外の選択肢は持たなかっただろう。

 それは、勝負うんぬんよりも、ただ御子柴に会いたい。今日も明日も、そして今も御子柴に会いたくて堪らないのだ。


 これが恋なんだろう。


 彼女を思うだけで幸せな浮かれた気持ちになってしまう。


 朝から彼女の声が聴ければ幸せだったのだが…。


「そう言えばさ、勝った方のご褒美って決めているの?」

 そうそう、こんな感じの。


「それは、放課後の報告書作成や見回りを1回分押し付けるって……え?」

「み、御子柴ぁぁああぁ?」

 背後から現れた御子柴に、素っ頓狂な声で驚く剛田先生と僕。


「おはよ、か・す・が・君!」


 わぁあ、急に抱きついてこないで御子柴さん!しかも教師の目の前でぇ!

 とか思いつつもしっかり抱きしめ返してしまうあたり、僕も御子柴に夢中だったりするんだけれど。


「御子柴さん、い、何時からそこにいた?」


 黒髪ポニーテールの可愛い彼女は、天使のような澄んだ微笑みを浮かべ、


「最後の3分間。ずっと居たよ」

 なんて言い放つ。


「わ、私は信じないぞぉ、御子柴ぁぁ!」

 わぁ…なんて往生際の悪い大人だ。


「じぁさ、私の春日君がどうして私を好きになったか、剛田ちゃんの言ってた話、もう一度言っちゃおうかな。へへっ」


 僕の腕にしがみ付いたまま、嬉しそうな顔で見上げないでくれ。至近距離の彼女の笑顔は、眩しすぎて心臓が破裂しそうだ。


「そっか、あの時がきっかけだったんだ。春日君、結構前から私のこと好きだったんだね。嬉しすぎるんですけど…ふふっ」

「わ、わぁあ~~わぁ~~!」

 羞恥極まれり思わず顔を背けてしまう。剛田先生とあんな話するんじゃなかったよ。


「ってことで、剛田ちゃん。勝負は春日君の勝ちね」

「ちっ、仕方ないな。もういいよ私の負けで、さっさと行きやがれ!HR遅刻するぞ」

「あ、あと剛田ちゃん」

「何だ?」

「春日君をからかうのはほどほどにね。私の役目なんだから」

「へーへー」

 拗ねてしまった剛田先生はもう見向きもせずに教室へと歩き出していた。


◇        ◇       ◇


 教室への道すがら、


「御子柴さん、一つ聞いていいか?」


「ん?なにかな?」


 僕の一歩前を弾むように歩く御子柴に疑問をぶつけた。


「校門の方をずっと見てたのに登校してくる姿が見えなかったんだけど、結構早くから登校してたのか?何時僕らの後ろに来たんだ?」


 振り向きざまにウインクする彼女。

「今までの、経験と実績の抜け道をこっそりと…ねっ」


 流石、元不良。

 呆れながらも僕は、やっぱり敵わないなぁと心の中で独り言ちた。


「それはそうと、今日の放課後は風紀委員のお仕事休めるんだから、一緒に帰ろう。放課後デートだね、ふふっ」


 放課後の予定も決まってしまった。

 けど、嬉しそうな彼女が見られるならそれも悪くは無いかな、今日の放課後が楽しみだ。

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