短編25話  数ある最後のもうひと押し

帝王Tsuyamasama

短編25話

「そ、そろそろ時間だな!」

「はい」

 窓の外は結構日が傾いていた。目覚まし時計を見たら五時三十分を指していた。この上柳じょうやなぎ 政雪まさゆきの部屋から志筑しづき 小世さよのおうちまでは、小世のペースで歩いて二十五分間らしい。

 いつもこの三十分くらいになると帰る準備が終わって、三十五分を指すまで座って向かい合ってることが多い。

 今日の小世は薄紫のブラウス(教えてもらった)に白色の長いプリーツスカート(これも教えてもらった)で、靴下も白だ。髪型は三つ編みをひとつ。いつもカバンは薄茶色な感じで金具がきんきらきんのやつ。

 そんな小世のおうちの門限は六時なのである。まぁ門限って言ってもそこまで親は厳しいわけじゃないらしいけど、小世自体が超しっかりした性格だから、言われたことはちゃんと守るだろう。

 それにしても毎回この残り五分くらいが……最もどきどきするというか。

 こうやって向かい合ってじっとしてて、でももうすぐ別れの時間が迫ってきて、さみしい感じというか、この瞬間が来る度に俺は……

 とかなんとか考えてたらもうあと三分しかない。そうなんだよいつもこうなんだよ……。

 そしてこの間小世本人は、まっすぐ俺を見てくれてる。まじめ中のまじめな性格の小世だから、『人の目を見て話しましょう』を本格的に実践している。

 だからこそ目のやり場に困るんだよ……だって顔すごくかわ……いい、し?

 こんなこと言ったら変なやつって思うだろうなぁ……ああいやでも小世超まじめだから、素直に受け取ってくれるかな……

 告! 白! はまだ早いにしても、でも! 俺が小世のことをかわ……いい、って思ってることを伝えるくらいは……い、いいよな? いいよ、なっ?

「さ、小世?」

「はい」

 やわらかく微笑んでる小世。

「ずっと思ってたことがあるんだ。でもなかなか言い出せなくて。でもでも! 今ものすごく言いたくなってさ。言っていいか?」

「はい、お願いします」

 なんかちょっと笑ってる小世。それはともかくっ。許可をもらったので、よし……。

「さ、小世」

「はい」

「……小世、いつもかわいい……ぞ」

 俺はやっぱちょっと恥ずかしくなって小世から視線を外してしまったが、げ、もう時間だ!

 また視線を小世に戻してみた。

(え、お、うおぉーーー!! 小世めっちゃかわえぇーーー!!)

 いつもしっかりこっちを見る小世が、今はちょっと上目遣い気味に見てきながら右手を顔の近くに持ってきてる!

「……きゅ、急に、どうしたのですか?」

「あいやだからさ、前からずっと……てかほらもう時間だぞ! ほらほら帰らないと!」

「はい」

 小世はいつもよりちょっと小さい声でそう返事をくれると、俺と一緒に立ち上がった。


 母さんとのあいさつも済み、玄関で小世と別れて、小世が見えなくなったら扉を閉める。その瞬間、

(うおぉぉ……)

 さっきの小世の顔を思い出してしまった。無意味にドアノブガチャガチャ。いかんいかん母さんに怪しまれる。

 でも最後の三分間に思い切ってみてよかった。



 別の日


 今日も小世と遊べたぞ。今日は小世の買い物を手伝っ……たというかついてっただけというか。小世はピアノの習い事をしてるから、その楽譜を手に入れるためだ。鍵盤ハーモニカなら俺だってできるぞっ


 小世の家に近い公園で、五時五十五分まで時間つぶし。これも一緒に外へ出かけたときのお決まりコース。

 俺たちはベンチで横に並んで座っていた。夕焼け真っ盛りの六時前だから人はそんなにいない。

 今日も小世は優しい笑顔だ。今日は茶色のおしゃれなシャツにこの前の白いプリーツスカート。やっぱり靴下は白。靴は水色のなんかおしゃれなやつ。髪型はふたつにくくってる。

(ああ……その笑顔だよ……夕焼けとその笑顔は反則だっつーの……夕日でも見るか)

「小世に会いたくてさー。なんか今他のだれよりも小世と遊びたくてさー。あーずっと小世と一緒にいられたらどんなに楽しい毎日なんだろなー」

 俺は手を頭の後ろに組んで、背もたれに身体をあずけながらそうつぶやいた。

(夕日がまぶしいぜ……フッ)

 俺は何やってんだろ。はは。さて小世を見ると、

(にょほぉぉぉーーー!! なんだそのかわいい顔ーーー!!)

 まただ! またその手と顔! え、今なんか変なこと言ったか俺!? え、さっきのセリフになんか変な要素入ってたか!?

「も、もう時間ですね! それでは、さようなら、またっ」

「あ、おう、じゃな!」

 小世はちょっと慌て気味に(かわいい!)走り去っていった。(もちろん走り方もかわいい!)

(くぅぅーーー……最近のこの胸の痛み……あーまた小世に会いてぇー!)

 じっとしてられなかったので、俺も家に向かって走り出すことにした。



 また別の日


 今日は小世のおうちで遊ぶことができたぞっ! 女子の部屋なんて小世の部屋しか入ったことない。つまりここまで仲のいい女子は小世だけだってことだ! つまりっ! 俺は女子の中で小世が一番だってことだ!

(あれ。じゃあ小世は男子の中で俺は何番目なんだろうか?)

 ここは小世の家なので、きっちり六時までいることができる。小世のお父さんお母さんとも何回も顔を合わせてる間柄だ。

「あらっ、わたくしが勝ってしまいました」

「えー! 六ゾロ二回連続とかなんだよそれー!」

 小世が7ポイント到達。バックギャモンで負けてしまった。ちぇ。

 そんな今日の小世はひまわりの柄のワンピース(やっぱり教えてもらった)で、相変わらず靴下は白。髪は三つ編みひとつ。


 ちょっと早いけど一緒にお片付け。お、時間はまだ十分あるぞ。


 バックギャモンはベッドの上でぽよんぽよんしながら行われていたが、俺たちはそのままベッドの上で座りながら向き合っている。

 ぺたんと座ってる小世? かわ……いい、に決まってんじゃん。

「今日も遊んでくれて、ありがとうございます」

「いえいえこちらこそ」

 俺は頭を下げた。別に小世は頭下げてなかったんだけど。

「政雪さんと遊ぶ時間は、わたくしにとって大切な時間です」

 え、なんか今ずきーんって来たんだけど!

「お、俺だって小世と遊ぶ時間は、人生で一番楽しい瞬間だ!」

「それは言いすぎです……」

 わぎゃーーー!! はい出ましたその表情っ!

「……あの、政雪さん」

「ひゃい!」

「政雪さんに伝えたいことがあります。よろしいですか?」

「ぜ、ぜひ!」

 い、一体どんなのが飛び出してくるんだっ。

「……特に最近なのですが……わたくし。もうすぐ政雪さんと遊ぶのが終わってしまうこの時間が、とてもさみしく感じます」

 ……じーん。

「俺も! すげーさみしい!」

 小世は小さくうなずいた。

「それに、なんだかいつも政雪さんのことが頭から離れなくて……」

 なんと!

「俺も俺も! ずっと小世のことばっか考えてる!」

 また小世は小さくうなずいている。

「どうしたらよいのでしょう。最近は習い事にも支障をきたすようになってきてしまいました……」

「げ! それはまずすぎる! どうすればいいんだ……」

 うーん参った。俺いっつも自分のことばっか考えてたなぁ……

「俺が小世と遊びまくってんのがだめとか?」

「そんな。こんなにも政雪さんと遊ぶのを楽しみにしている自分がいます。また誘ってください」

「そりゃもちろん!」

 そんなにも楽しみにしてくれて!? こうなりゃもっと遊びに誘っちゃうぞ! あれ、解決になってねぇ。

「……政雪さんっ」

「ん? んっ?!」

 突然小世が両腕を前斜め下四十五度にぴんと伸ばして、なぜか目をつぶってる。

(……んん!?)

 わからない。宇宙人召喚の儀とか……? いやいや小世はそんなキャラじゃない。

(腕の角度も不思議だが……目を閉じてるのはなんだ?」

 うーん……

(……ま! ままままさか! え、まさかまさか! あれしろってこと!?)

 目を閉じて待ってるってことは……え、えっ!? 小世の中でも男子一番は俺!?

(もしそう結論づけたとしたら……じゃあこのポーズは……つまり……つまりつまり!!)

 もはやこれ以上迷ってられない! 脳内俺たち’s会議による議論の結果、俺の中で導き出された答えに素直に応えた。それは……

「だ、大好きだ、小世っ」

「……え、ええっ、あ、まさゆっ」

 俺は思いっきり小世を抱きしめて、ち……キ……く、口同士をくっつけにいった。


(……何秒経った!? もういいかな!?)

 抱きしめながらも顔を少し離した。

(だめだーーー!! 小世その顔だめだぁぁぁぁ!!)

 ほんの少しだけ開けられたその目と輝き。めちゃ赤くなってるほっぺたとか、もうもうもう……。

「……まっ、政雪さん……」

「大好きだ、小世」

「……はあっ」

 小世がもたれかかってきたー!

「……急すぎます……」

「大好きだ」

「だめです、もう言っちゃだめです……」

「大好きだ」

 あぁーなんですかそのかわいすぎるぱんち。初めて小世のぱんちもらった。

「……ぎゅってしてもらいたかっただけ、でしたのに……」

「……え?」

 あ、小世もちょっとぎゅってしてきた。おでこを俺の右肩に乗せてきた。

 今の俺? ああ、なんだろうこの感覚。たぶん悟り開いてるわ。ヒアウィーゴー天竺てんじく

(意訳:どきどきがやばすぎる!!)

「でも。うれしいですっ」

 改めて小世がぎゅっとしてきた。顔の横が俺に当たってる。


(あと何分! げ、本日最後の三分間!)

「小世!」

 俺は小世の両肩をつかんで、ばっと少しだけ離した。

「はいっ」

 小世はちょぴっとだけ驚き気味。

「小世のことが大好きです! 俺と付き合ってください!」

(言えたーーーーー!!)

 そして言ってしまったーーー!!

(もう。もう後戻りはできないぞ……)

 小世は……ああもうその表情を現す言葉なんて辞書に載ってるわけねぇじゃん……載ってたとしてもその説明はたぶん違うな、うん。断言。

「……政雪……く、んっ」

「……え? あ、はい!」

つつしんで……よ、喜んで……ふつつかもの……え、えっと、あの……」

(困ってるのか!? 小世困ってるのか!? ああかわいゲフゴホ困らせてしまっているのか!?)

「……よ、よろしく、ねっ。政雪……っ」

 めっちゃくちゃ思いっきりぎゅーって抱きしめた。

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短編25話  数ある最後のもうひと押し 帝王Tsuyamasama @TeiohAoyamacho

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