最期の初恋

ひたこ

第1話

『地球滅亡まで残り1時間となりました』


 テレビが映し出すテロップを目でなぞる。


「1時間だってよ」

「あっという間ね」

「…本当に最後が俺でよかったのかよ」

「またそれ?てかあんたこそ最後を一緒に過ごす彼女の1人や2人いないの?」

「お前分かってて言ってるだろ」


 口の減らない幼馴染の女を睨んでみたが効果はゼロのようだ。澄ました顔で缶チューハイを飲んでいる。


「あ〜あ、やっとお酒飲めるようになったのにもう死んじゃうのか」


 名残惜しそうに缶を撫でる幼馴染の頬は酒のせいか赤く染まっていた。


「でも奨学金返さなくていいのはラッキーだったな」

「死んじゃったら意味ないじゃない」

「まぁそうだけど」

「何か言い残したことはある?」

「う〜ん、十分語り尽くしたしな…」


 俺たちは昨日の朝から世界が滅ぶ今日までの丸1日を思い出話に花を咲かせ過ごした。

 20年も共にいると思い出はどれだけ語っても余るほどにあるものだ。


 そんなに長い時間を過ごしたにも関わらず、俺は最後までこいつに“ずっと好きだった”と伝えられないままでいた。



『残り10分』


「なんかビビってきた」

「ふっ、しょうもない男ね」

「誰だって地球が滅ぶって言われたらビビるだろ…」

「ねぇ」

「なんだよ」

「今まで色々ありがとね」

「急にどうしたんだよ、変なものでも食ったか?」

「別に、なんとなく。最後だし」

「……最後、か」


 ベランダの窓から覗く空に目を向けた。

 もう夕方だ。このまま燃えてしまうんじゃないかというほどに赤々とした太陽が街を照らしていた。

 テレビは地球滅亡までの時刻を示している。着々と近づく終わりまでのカウントダウンは、人を素直にさせる効果でもあるらしい。


 地球滅亡まで残り10分。


 いつも気丈なこいつもさすがに怯えているのか、手が少し震えていた。

 俺は静かに深く呼吸をし、彼女の手に俺の手を重ねる。そして驚いた様子で俺を見る幼馴染の目を真正面から見つめた。


「…なによ」

「好きだ。いつからだとか覚えてないぐらい前から、ずっと」


 彼女の目が大きく開かれる。

 じわりと手汗が滲み、ここからどうしたものかと視線を空中に彷徨わせていると彼女がしゃくりあげて泣き始めた。


「え!?どうした、タイミング最悪だよな、悪い、でも本当なんだ、泣かないでくれ」

「遅すぎんのよぉ!もっと早く言いなさいよ!」

「すまん!それはマジですまん!勇気が無かったです!ごめんなさい!」

「バカ!好きよ!私もずっと好きだったわよ!私の方が先に好きになってたっつーの!」

「…え!え!?両思い!?嘘だろ!?」

「こんなときに嘘つくわけないでしょ!」


 ボロボロと涙を流す幼馴染なんて小学校以来見ていない。戸惑いと焦りと嬉しさが混じり合って混乱した俺は思わず彼女を抱きしめた。


「ありがとう、こんな俺のこと好きになってくれて」

「うるさい、臭いセリフ吐くな、離せ」

「口悪すぎるだろ。最後だから、許してくれ」


『地球滅亡まで、残り3分』


「俺、お前と出会えてよかった」

「何泣いてんの、キモいんだけど」

「お前も泣いてるだろ」

「うるさい!もう、こんな最後にする予定じゃないなかったのに〜!」

「はは、俺も」


 ゆっくりと体を離す。

 まだスンスンと鼻をすすっている彼女はいつも以上に可愛く見えるのに、もう全て終わりを迎えるというのだから、虚しいものだ。


「改めて、好きです!俺と付き合ってください!」

「あぁもう!私も好きです!よろしくお願いします!」

「あ〜〜ヤバイ嬉しい!超ニヤける!最後お前と過ごせて、本当に良かった。ありがとう」

「…私も、好きって言ってくれて嬉しかった。ありがとね」



 窓の外から、俺たちの世界が壊れていく音がする。

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