How completely day. 1

 フェルメールかハンマースホイの絵のような印象があるカメラマンから、写真を撮っているんです、とやはり静かな声で言われた。公園までは走ってきたから少し息が弾んでいて、へえ、そうなんだ、と返した声が妙に頼りなさそうに聞こえた気がしている。紙飛行機を、といわれて渡されたのが正真正銘の紙一枚で、驚いたのもつかの間だった。木立の透き間をくぐりぬけて、薄青い三角形のものが飛んできて、足元にほとりと落ちた。これが「紙飛行機」か。ミシェルが、かがんでそれを拾うと、袖口にはりついていたパンジーの花びらがほろりと紙の折り目にはさまった。かさかさと草を踏む音、鹿のように木立から現れる人の姿。

「ミシェル、ハウディ!」

「ユージ──Howdy!」

 普段ならÇa va?とでも言うところを、すっかり馴染んだこの街の挨拶で返しながら、紙飛行機の主らしい青年をハグした。

「ユージ、これは折ったの?」

「そう。あれ、ミシェルはとばさないの」

 長身の青年の肩を叩き、首をすくめる。「あいにくオリガミは詳しくなくて」

「そうなんだ?」

 目を丸くした夜杜ゆうじと、カメラマン──グレゴリー・ヴァン・ガーウィンが視線を交わす。その交点らしい虚空になんとなく視線を向け、なんでこの街にいる人間はどいつもこいつも背が樅みたいに高いんだろうと思いながら、夜杜の手に紙飛行機を戻す。「子どもの頃は模型飛行機に凝ってたから」

「割り箸とかで作るやつ? それともラッカーとか使う方?」

「後者。近所に模型店があってね。汽車や、戦艦とかもあったよ。君は日本人ジャポネーゼだからオリガミのほうが馴染み深いのかな」

「へーえ。やっぱり違いがあるんだ。……じゃあ、折り方、教えてあげるよ」

 そう言った夜杜は唐突に石畳に座り込み、ベンチの上に正方形の紙を二枚敷いた。一枚は黒、一枚は赤、Le Rouge et le Noir. 驚いて声をかけようとした視線の端に、鴉の嘴のようなレンズがよぎる。無音のまなざしが、時々かしゃりと小さなシャッターの音で存在を示す。やけにものさびしい灰色の陽のなかで、絵画のような佇まいの腕の先、その不意に響く音が生の瞬きを伝えてきた。

「どうしたの、ミシェル。はい、…これ」

 赤い正方形を渡されて、受けとると、つめたいはずの紙が指の形に熱を帯びていた。普段なら絵顔のまま断るだろう誘いが、今日は雪のなかのオレンジ色のランプのように見えた。ミシェルは青年の隣に膝をついた。

「じゃあ、教えてもらおうかな」

 そう舌にのせたら、身体を蝕むものさびしさがほんの少し溶かされた。やっぱり今日はそういう日なのだ。Howdy, Aujourd’hui, c’est le jour de l'émotion!

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