株式会社セ○クスしないと出れない部屋

かよかよ

第1話

俺はベットのシーツを取り替える作業を黙々とこなす。およそ1時間ほど前までこの上で性行為が行われていた為、体液が固まりカピカピになっていた。ベッドは性行為がしやすい様にキングサイズを用意してある。この部屋の性質上、仕方がないことだとは思うがこんなに大きいとシーツを外すだけでも一苦労だ。どうにかシーツを外し終えて軽く畳み、カゴに放り込む。ほのかに栗の花の臭いが漂ってきた。入社してしばらく経つが未だに他人の精子の臭いには慣れない。マットに体液が染み込んでいないかベッドを撫でまわして確認する。今回は大丈夫みたいだ。まだ作業は他にもあるがくたびれたのでマットに腰掛けて一息つくことにした。ぼんやりと部屋を見渡す。スタンダードな部屋だ。柔らかなパステルピンクの壁が八畳ほどのスペースの四面を囲い、ドアは二つしかない。(余談だが壁の色がピンクなのはリラックス効果があるからだそうだ。こんな部屋に監禁されてリラックスなんて出来るのだろうか)

部屋の右側にはシンプルな白い扉が建てつけてありその奥にはシャワールームとトイレ、食料配給のための棚がある。一方ベッドの正面には鉄製の無機質な扉が目立たないようにひっそりと佇んでいる。その右隣にはモニターが壁に建てつけてありこのモニターに解放条件を表示する。といってもモニターに映される文字はだいたい決まってる「セ○クスしないと出れない部屋」だ。

そう、俺は依頼があれば人を拉致って部屋に監禁し、セックスするまで見守るという仕事についている。犯罪かどうか聞かれれば間違いなく黒だろう。こんなサービスのどこにニーズがあるのかわからないが給料はいいので辞めることはできない。そんなことを考えていると突然扉が開いて先輩が入ってきた。

「なにサボってるの」

「別にサボってないですよ。一息ついてるだけです」

先輩ははぁとため息をついて

「そういうのをサボってるって言うのよ。そんな暇あるならさっさと作業を終わらせなさい」

わかりました と、とりあえず返事をしてベッド横の避妊具やローションの補充をする。先輩はどうやら扉の修復に来たみたいだ。

「全く…なんでみんなこうも扉を壊そうとするのかしら。修理するこっちの身にもなってほしいわ」

「いや突然監禁されて扉を壊そうとするのは割と普通だと思いますよ」

そうかなあと先輩はへこんだ窪みを撫でながら首をかしげた。この仕事に慣れすぎて感覚がちょっとおかしくなってるんじゃないだろうか。

ふと足下のかごに入ったシーツに目が行った取り替えているときは気づかなかったが小さな丸い紅い染みがついていた。

血か。

「先輩、さっきまでこの部屋にいたゲストってどんな人たちだったんですか?」

うちの会社では部屋に閉じ込める対象のことを「ゲスト」と呼ぶ。初めてそのことを聞いたときは『こんな仕打ちしといてゲスト?』と笑ったものだ。今でも笑える。

「あー、さっきまでいたのはねぇ。えーっと…ああ、思い出した。どっかの証券会社のサラリーマンとOLよ」

「へぇ、じゃあホストは?」

ホストとは依頼人のことだ。こっちの呼び方は納得できる。

「ホストはOL側の母親。既成事実を作らせておいて、そのまま娘の身を固めようっていうお節介よ」

「母親かあ。なんか親が依頼するってのが一番多いですよね。意外と」

「そうね。やっぱり無理にでも既成事実を作らせて結婚させようとするし」

「実際にあったかどうかなんて証明できないのにおかしいですよね」

「まあうちの証拠隠滅は完璧だから」

そう。セ○クスしたら鍵が解除されて扉から出れる。というわけではないのだ。もちろん会社としてはそのまま通報されるのも会社の存在が公に晒されるのも困る。なのでセ○クスしてしばらくしたらゲストには眠ってもらい、証拠をできるだけ消し去ってしてお互いの自宅に帰している。どうやって眠らせるのかはよくわからないが、部屋の酸素濃度を弄ったりなど色々あるらしい。前に先輩に

「もし片方の方が女性で処女だった場合とかはどうするんですか?手術かなんかで処女膜戻すんですか?」と聞いたことがある。先輩は少し眉間にシワを寄せて

「それは特に修復しないわ。だって処女じゃ無くなったってこの部屋の存在を証明することはできないでしょ?だから傷なんかも少し手当てをするだけで特別隠すことはしてないよ」

と言う返答が帰ってきた。

いつの間にか俺はシーツの紅い染みをジッと見つめていた。いったいどんなドラマがあったんだろう。この血が真っ白なシーツに滴った瞬間、血を垂らした彼女、男は気づいたのだろうか、どんな想いで抱いたのか、抱かれたのか。出たいだけ?実は外には想いを寄せている人がいるのか。それとも想い人はこの部屋で共に監禁された相手だったのかもしれない。

─────知りたい。

これまでゲスト達のこの部屋での生活を見ることがなかった。付きっきりで別室のモニターに張り付いていなければ行けない仕事だったので面倒くさかった。でもふと、この血痕を見つけたら見たくなってしまった。

「先輩」

扉を眺めながら、付け替えかなと呟いている先輩に呼びかけた。

「ん?どうしたの」

「次のゲストの監視役って、まだ誰もシフト入ってませんよね?」

「そうだよ。どうした?やりたくなった?」

「ええ、まあ、そんな感じです」

「そっかー」

先輩はにんまり笑った。ちょっとかわいいなと初めて感じた。

シフト入れといてあげるよ と微笑みながら先輩は部屋を出ていった。

誰がこの部屋に来るのだろうか。これからこの部屋で起こるヒューマンドラマに胸が高鳴る。部屋を見渡してみた。

なるほど。ピンク色も悪くない。

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