死神と残り3分の寿命の僕

暗黒騎士ハイダークネス

第1話


 ただの気まぐれで、人の寿命に手を加えた僕。

 僕の寿命はあまりにも長くて、彼の寿命はあまりにも短かった。

 そして、今日彼の寿命は尽きる。

 最後にひと目彼の死に目に会おうと、ふらりと立ち寄った。

 だけど・・・彼はそんな僕のことを予想するかのように、ベットに腰かけていた。

 昔のように枯れ枝のように細い腕、肉つきのあまり良くないと言える身体。

 だけど、昔彼と会ったときと明らかなものがあった。

 彼の眼は生きていた。

 もう残りわずかな寿命と自覚していたはずなのに、悲壮感などは漂ってなく、その死をただあるがままを受け入れていた。

 それも流される時の流れのごとく、不確かなものではなく、自分の意思でそれを受け入れ、飲みこみ、ここに座っていた。


「やぁ・・・いらっしゃい、久しぶりだね」


 驚いているうちに僕より先にあいさつをした彼。

 まるで僕が来るのを分かっていたかのように・・・昔のような無表情ではなく、しわが深い顔で優しく僕に微笑みかけるかのように笑う。


「やぁ・・・久しぶり」


 彼は昔の思い出をなぞるかのように懐中時計を懐から取り出し、時間を見る。

 それを黙って見ている僕に彼はこう声をかけてきた。


「悪いね・・・ストップウォッチじゃなくて」

「ふふ、まぁ・・・君のようなお爺さんには似合わないんじゃないかな、むしろそれの方が似合ってるよ」

「ありがとう、それにしても、僕も歳をとったものだね・・・君は出会った時のまんまな姿だというのに」

「君と僕じゃ、種族としての格が違うし、時の流れ方も違うから当然だよ」

「そうか・・・」


 そう悲しそうに目を伏せながら、再び懐中時計に目を戻した。


「懐中時計で時間を計らなくても、今の君には家族がいるじゃないか、仲のいい老人仲間がいるじゃないか、お世話になっている医者がいるじゃないか」


 そう僕が提案すると、彼は少し驚いたよう目をパチパチを瞬きさせながら、嬉しそうに微笑んだ。


「ふふ、古い友人と2人っきりで話したいのさ・・・こんな光景を見たら、きっとボケたと孫にも笑われたくないのでね」


 そう苦笑いを浮かべた後に、彼はゆっくりと目を閉じながら、何かしらを考え始めた。

 僕はそれに何を言うでもなく、ただそれを見守った。

 徐々に時間が過ぎてゆき、そして、おもむろに彼は僕の方へと手を伸ばしてきた。

 彼も・・・彼にとっては長い時の中で、もっと生きたいなんて欲が出てきてしまったのかもしれないと若干不安に思いながら、自分がしたことなんだと、その罰を案じて受け入れようと、僕は強く目をつぶる。

 だけど、そんな殴られるような衝撃など来なかった。

 ただそこにあったのは、僕の手をしわくちゃな手で包み込んでいる彼の姿だけだった。


「君のおかげで、僕は本当の人の手の暖かさを知ることができた」

「君のおかげで、僕は人生の楽しさを見つけられた」

「君のおかげで、僕は人に必要とされる嬉しさを人に分け与えることができた」

「君のおかげで、僕はそれなりに人にやさしくすることができるようになった」

「君のおかげでこんなにも、こんなにも幸せで満ち足りた人生を送れた」

「全部!全部!!君のおかげだよ、死神君」


 そう力強く握られる手に自分の想いをとことん詰め込んで、彼は死神に感謝の言葉を並べた。


「・・・それは君が成したことだ。僕は関係ない」


 目をそらしつつ、彼はそんなことを言った。


「君が生かしてくれなければ僕は生きていないんだろう?先生に聞いたよ・・・あそこには誰もいなかったって。そして、僕が助かったのは奇跡だと、後遺症すらないのは神の御業、そんな神様みたいなのが助けてくれたんだと先生は言っていたよ」


「・・・」


 だから、僕の今あるありったけを詰め込んで、『ありがとう』を君に。





「・・・命をありがとう」


 そう最後に言い残して、安らかな寝顔で彼は旅立っていった。


「僕の仕事は命の回収屋だけど・・・それは現世に恨みや未練を持って彷徨いそうな魂を導くだけなんだよ・・・ただ僕は古い友人を訪ねてきただけなただの友達さ」


「幸せになってくれてうれしかったよ・・・また良い来世を願うよ・・・」


 ただそう言い残して、死神は何も残さずに消える。


 そこに残されたのはただ安らかに眠る彼の友達だけだった。

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