慈悲深い死神

ポムサイ

慈悲深い死神

 俺は車の運転席で目を覚ました。いつの間に寝てしまったのだろう。寝覚めは良好だ。8時間寝たかの様にすっきりと頭は冴えている。

 窓の外を見ると空には月はなく星が無数に輝いていた。

 さて…ここはどこだったか…。ふと目の前を見やるとおかしな事にハンドルが胸と密着している。それにクルマの前方がひしゃげフロントガラスも割れている。木にぶつかってしまったようだ。


「いや~。やってしまいましたね。」


 助手席からの突然の声に俺は驚き声の主に顔を向けた。そこには深い緑色のフリースとジーンズにスニーカーの小学校低学年位の男の子がにこにこ笑いながらこちらを見ている。


「君は?」


「私は死神です。」


「君みたいな子供が?」


 男の子は相変わらずにこにこしながら言う。悪い冗談だ。いや、そもそもこの状況も見知らぬ男の子が隣にいる事も現実味がない。これは夢に違いない…どちらかと言えば悪夢寄りの…。


「さて、まず確認ですが、貴方は今の状況を理解していますか?」


 死神と名乗った男の子は俺の言葉を無視して似つかわしくない黒い皮の手帳を開きながら上目遣いで見据えた。


「状況?…まあ、これは夢なんだろうな~とは思ってるよ。」


 俺の言葉に男の子はハアと大きな溜め息をついた。


「どうやら全然分かっていないようですね。もしかしたら事故の衝撃で記憶が飛んでいるのかもしれません。では、私から説明させて頂きます。」


 男の子は手帳に目を落とし咳払いを1つした。


「え~と…、うわっ長!!…物凄く要約すると何処かに向かう途中の山道でスリップして事故を起こした事が死因のようですね。」


「死因?」


「いや、失礼。正確には『それが死因になる』が正しいですね。オブラートに包まず言うと貴方今から死にますから。」


「俺が死ぬ?」


「ええ、貴方からは見えないでしょうけど、貴方は腰の当たりで潰れていて皮1枚で繋がっている状態です。」


「まさか。痛みもなにもないのに?」


「痛みっていうのは身体が危険に晒された時にそれを警告するために出るモノです。貴方はそれを気絶してる間にとっくの前に通り越してしまってるんですよ。要するに手遅れってヤツですね。」


「そんな…。」


「…と、言う訳なんですけど、貴方は運が良い。」


「死ぬのに運が良いなんてある訳ないじゃないか!」


「まあ、聞いて下さいよ。普通は死んだ後に私が来て魂を連れて行くんですけど、貴方はまだ生きている。この意味が分かりますか?」


「分かる訳ないだろ。」


「そうですよね。では答えをお教えしましょう。それは最後にやりたい事が出来るという事です!おめでとうございます!!」


 俺の沈んだ心を無視して男の子は満面の笑みで拍手をした。


「俺は本当に死ぬんだな?」


「はい。」


「誰かが仕掛けた壮大などっきりって事は?」


「ないです。」


「そうか…。」


 俺はもう一度窓の外を眺める。変わらず星は輝いている。まあ、そうなら仕方ないか…と俺は覚悟を決めた。意外とあっさりその心持ちになれたのは自分でも驚きだが、死の間際なんてそんなもんなのかも知れない。


「残り時間はどのくらいあるんだ?」


 俺は男の子の目を真っ直ぐに見て聞いた。


「そうですね。3分位ですね。」


 時間がない。


「助手席にスマホがあったはずなんだけど取ってくれないか?」


「あっ。これですね。」


 男の子からスマホを受け取り手早く電話をかける。3回のコールの後相手が出た。


『もしもし、どうしたの?こんな時間に。』


「ああ、悪いな。どうしても今伝えたい事があってね。」


『なぁに?』


「お前より若くて美人で金持ちで胸もでかい女に告白されてな。付き合う事にしたんだ。」

 

『は?何言ってるの?』


「お前はもういらないって言ってるんだよ。いや~、遠距離も疲れたしな。よくお前みたいな女と5年も付き合ったと自分を褒めてやりたいよ。それに…」


『最低…』


 電話は切られてしまった。


「死神、もう良いぞ。」


「はい。ちょうど時間です。」


※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


「しかし、最後に別れ話とは…。そのお付き合いする事になった美人で金持ちの女性に電話すれば良かったじゃないですか?」


 男の子と俺は星空をふわふわと飛んでいる。


「そんな女はいないよ。」


「え?」


「『付き合ってた彼氏』が死ぬより『自分を酷い言葉で振った男』が死ぬ方が悲しくないだろ?」


「そうかも知れないですけど…まあ、他人の恋愛をとやかく言う資格は私にはないですけどねぇ。」


 男の子は微妙な笑顔で頬を掻いた。


「なあ…、俺がどこに向かってたのか知ってるか?」


「いえ、知りませんね。」


「プロポーズしようと思って彼女の元に向かってたんだよ。」


「…そうでしたか。」


 遥か後方でパトカーと救急車のサイレンが聞こえた。






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