君と過ごす最後の瞬間を

柳翠

第1話 君と過ごす最後の時を

2×××年。


医学は進歩した。どこまで進歩したかと言うと、余命を分単位で表せたり、来世の生まれ変わりを検出したり、どこまでも進む医学は誰にもとめられなかった。


そんな日常が非日常に変わりそうで変わらないこんな日々、僕は彼女と楽しく過ごしていた……はずだった。


「あなたの余命は2年と3分でしょう。11時57分。つまり、2年後の12時あなたは死にます」


たんたんと告げられる機械型の医師は冷たい声音でそう告げた。ここら辺人間の医師ならもう少しオブラートに包んでくれそうだが、機械はそこまで気は聞かない。


「そんな、華の余命はそれだけですか! おい! ヤブ医者! 待てよ」


いらだちを覚えた僕はどこにも行き着くことの無い無数の怒りとどうしようもない虚無感から、八つ当たりで医師の顔面を殴っていた。ロボットの頬はやけに硬かった。


「やめてよ。千尋くん。もう……いいから」

「よくない、君は――」


振り向いて香山華の顔を見て僕は涙が出るのを我慢できなくなった。

生暖かい雫が僕の頬をつたり、笑う彼女を映していた。


それから2年がたった。


「僕と結婚してください」


病室で横になりながらも僕の言葉を聞いて彼女はあっけに取られたように口をポカーンと開いたまま、何も言おうとしない。


僕はダメ出しと言わんばかりにポケットからタイミングを間違えて今更出すのかよと思わせるような、そんタイミングで指輪を出した。


「結婚してください」


もう一度、念を押すように言う。


「ごめんなさい」


やっと出た言葉は、残念な言葉だった。


「なんで? 僕達は今まで結婚を前提に付き合ってたじゃないか。何を今更」

「…………………だって、私あと、数分で死んじゃうよ。それでもいいの? 私はやだよ。これから死ぬ人と結婚するなんて逆の立場ならやだよ」

「僕もやだ。君と結婚せずに別れるなんて。それに逆の立場なら君は僕と同じことをしたんじゃないか?」

「それは、そうかもしれないけど…………」


困ったように額を抑えて俯いたまま沈黙が流れる。僕は沈黙を破り捨てるように手を大きくあげた。時計を見る。残り3分。


「君と見た、満天の星空」

「なに? 急に」

「黙って聞いてて」


こ首を傾げる華にまあまあ聞いててよ、と言わんばかりに制する。


「君と見た満天の星空。山頂の人気のない所で君と見た星空はどこまでも続いているようにさえ感じられた」

「あれは凄かったね。一つ一つが煌めいていて。綺麗だったな……」


思い出すように目を細めてクリーム色の天井を仰ぐ華を見てさらに続ける。


「君といった常夏の海。君の水着姿は今でも目に焼き付いている」

「サメが出たって一時泳ぐの禁止になったけど、チャラ男のデマだったね」


夏のことを思い出す。黒いセクシーな水着で現れた華をみて、本当に鼻血が出て漫画みたいと笑いあった。

遠泳対決をして負けた記憶。華とビーチバレーをしてボールが割れた記憶。


「君と見た、夕日の山頂。悪天候でも最後まで登り切った。僕達は勇敢だった」

「凄いことになったよね。ひょうまで降ってきて」


空が自分より下にあることに驚愕しつつ、登り切った達成感を共に喜びあい、笑顔と笑顔で埋め尽くされた記憶。

雲の隙間から見える紺碧の蒼穹。

翳る彼女の表情を今でも鮮明に覚えている。


「君といった夏祭り。君の浴衣姿に惚れ直したよ」

「初めてのキスもその時だよね」


りんご飴が食べたいと縋り付く華のために必死に会場を走り回ってやっと見つけた、りんご飴。美味しそうに食べる君の表情。

一つ一つの炎の花が、花弁を散らして落ちてきて花火に隠れるようにしてキスをした。


「君と言った紅葉狩り。初めて見る君のマフラーに僕は萌えた」

「あの時は寒かったね。秋なのにさ冬みたいで」


紅葉を集めてそれで焚き火をしておいもを焼いて食べあってどっちのお芋が美味しく焼けたか競い合った。

紅葉に願いを書いて川に流して願いが叶いますようにと、手を合わせた。


「君と見た、雪景色。世界が白で覆い尽くされる中、君は色鮮やかだった」

「私のスキーウエアそんなに派手だった?」


初めて2人ですごした夜。翌朝に降り積もった雪にダイブした僕達。寒かったけど暖かかった。

君と雪合戦をした。僕の負けだよ、完敗。

それでも君はいろんな意味で色鮮やかだった。


「君と行った初詣。君は初詣だと言うのに振袖を着てこなかった。悔しい」

「ごめん、でも私服も似合ってたでしょ」


たしかに君の私服は可愛かった。それでも赤に包まれる君の振袖姿を想像していたんだ。

並んだ行列。食べたクレープ。


「君と行った最後の…………最後の」


そこで、これまでの勢いが殺されるように僕の喉は言葉を出してはくれなかった。

代わりに頬を温かいものが伝うのを感じた。


「な、泣かないでよ。そんなの……私まで、移されるじゃん」


「ぐっ、うわわわわわわわわわわ!!!」

「ひっぐ、ぐす。…………」


膝から崩れ落ちる僕。その背中に暖かい手の感触。その掌から温かさが全身に染み渡るようにだんだん僕を、幸せにしてくれた。


やっとの事で言葉が外に出された。つむぎつむぎに出される言葉は君のためだけの、


「君との思い出は色褪せない。これまでも……………そして、これからも」

「私だって。君との思い出は冥土の土産だよ」


落ち着いてきたところで、さらに話し込む僕ら。


「なあ」

「なに?」

「あと何分?」

「あと、鼻血」

「冗談はよしてくれ」

「君はよく鼻血を出したね」

「お恥ずかしい」

「ちなみにあと3分だよ」

「カップラできるな」

「だね」

「ちなみに時計を見る限りあと、2分だよ」

「そうかな、この時計壊れるてるかもよ」

「だといいね」


…………………………。


「ねえ」

「なに?」

「死なないよね」

「うん。死ぬよ」

「君は……生きたい?」

「君と生きれたら本望だよ」

「ありがたきお言葉」


僕は王子様のように胸に手を置いて膝を曲げる。

彼女はお姫様のように布団をたくしあげた。


「そういえばさ、あの東京のジェットコースターすごくなかった? 千尋くんは半泣きだったよね」


華は思い出を振り返るように真っ暗な外を眺める。もう夜中、煌めく星が僕らに力を分け与えてくれた。


「掘り返さないでよ、せっかく忘れかけてたのに」


恥ずかしいので俯いて地面を見たまま頬をかく。


「下向かないで、最後くらい私の目を見て」

「ごめんごめん」


彼女に無理やり顔をあげさせられ、目と目が合う。


「そういえばさ、優子、ほら私の友達。海外に行くんだって」

「へえ、すごいね」


僕らは近所の母親同士が話し合うように会話をした。


「ねえ、千尋くん。どうして私たち付き合ってるんだっけ?」

「おいおい、忘れたのかい? それはほら大学生の時…………なんでだっけ?」

「どっちから告ったっけ?」


必死に思い出そうと、色褪せた記憶を探る。宝物のようで、どこかに忘れてしまった鍵が、宝箱の中を開けさせてくれない。


記憶の宝箱を。


「何泣いてるのさ」

「いや、なんでもない」


強がるようにして強くゴシゴシと涙を拭う。


時計を見る。僕の見る限り、あと、1分。


「最後にお願いがあるんだけど」


不意に華が言葉を発した。残り少ない彼女の言葉を僕はしっかり記憶に刻もうと耳を立てる。


「なんだ?」

「一生のお願い使っていい?」

「どうせ一生のお願いは沢山あるんだろ?」

「いいの、どうせこれが最後だから」


そんな事言うなよ、と言おうとした時、唇に柔らかいものが当たった。


キス。


――――あと、30秒。


彼女は僕から身を離して「愛してる」と囁いて。僕に背を向けて黙ってしまった。それから言葉を発することは無かった。


最後に、君に届かない想いを、


――――12時00分。


「僕と、結婚してください。そして、君を一生愛し続けます!」


そう言って彼女の、香山華の手をそっと取って指輪をはめる。


届かない思いは君の冥土の土産には手持ち無沙汰だったかな、きっと、君の手元にこの言葉は無い。


――――12時1分。時間切れだ。


帰ろう。君のいない世界で僕は懸命に生きるよ。


「じゃあね」


最後の言葉を残した、刹那、携帯が揺れた。


ゆっくり開いて恐る恐るメールに既読をつけた。


『君のプリンス華/ありがとう』


最後の最後まで、僕を泣かせる気なのか。


ふと、スマホの時計を見ると1分時計が遅い。


――――ジャスト、12時00分。


どうやら、この病院の時計は壊れているようだ。全くどこまでもダメな病院だ。


彼女の顔を覗きこんで、最後のキスをした。


頬に伝う涙をそっと拭って。



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