今日世界は終わります

第1話 今日世界は終わります

「本日、世界は滅亡します」

とアナウンサーが告げた。その声からは感情は読み取れない。ザワザワと騒ぎ出す人々の中で、僕はただ「やっと終わるのか」とだけ思った。


太陽の光が届かなくなってどれくらいたっただろうか。貧富の差は拡大。僕達のような身寄りのない者達は、今日食べるものすら手に入れるのに困難で。ただ生きるのに精一杯だった。


次第に人だかりが生まれ、我先にとシェルターへの道を急ぐ人でごった返していた。世界が滅亡するのだから、何処にいようが変わりはしないのに。そう思いながら人混みを遠目に眺めていた。


そうしたら、僕と同じように立ち尽くしている少女を見つけた。同い歳くらいだろうか。淡い水色のロングヘアが風になびいて、僅かな光を浴びると銀色にも見えた。感情が全て抜けてしまったように、無表情のままだ。少女はこちらに気づくと、ゆっくりとこちらに近づいてきて言った。


「貴方も逃げないの?」

僕は、逃げた所で全て無くなるのだから同じだと答えた。彼女も「そうね」と頷いた。



僕達は人々の流れに逆らって、行く宛もなく歩いた。人混みの中なのに、一人としてぶつかる事は無い。ふと隣を見ると、彼女を避けるように歩く女性の姿が見えた。

この世界の住人は、全員黒髪に黒い瞳で生まれてくる。ただ、ごく稀に青い髪に青い瞳の者が生まれ、異端だと皆から避けられた。

僕の視線に気づいた彼女が「私の事が怖い?」と尋ねてきた。僕は「髪と瞳の色が違うだけで、怖くない。むしろ綺麗だと思う」と正直に答えた。彼女はぷい、とそっぽを向いてしまった。「そんなの、初めて言われたわ。……ありがと」


異端だとされた彼女はきっと、僕の想像以上に大変な思いをしてきたのだろう。青色は疫病を生む、近づくだけで、触れられるだけで感染すると誤解している人も多い。彼女が歩く度に、足首についた先の切れた鎖がちゃりちゃりと音を立てていて、なんだか悲しくなった。


彼女の髪や瞳を見ていると、ふと海を思い出した。

「君は海を見たことがある?」

「……うみ?」

彼女は隔離されていたこともあり、世界をあまり知らなかった。僕の知っている海を彼女に伝える。

「……なんて言えばいいかな。今僕達がいるこの場所、見渡す限りの場所が全てしょっぱい水に覆われているんだ」

まだ太陽が輝いていた時は、光が乱反射してキラキラしていて。それはそれは美しいんだよと伝えると

「一度見てみたいな」

と呟いた。僕は

「うん」

とした答えられなかった。


しばらく歩くと、人が見当たらなくなってきた。シェルターは反対側だから、こんな場所にいるのは僕と彼女くらいだ。

「あ、そうだ」

海は遠いので流石に無理だけれど。

「君に見せたい場所があるんだ」

君はぜひ連れて行ってほしいと頼んだ。


「う、わぁ……!」

日も当たらなくなったこの世界で、唯一咲いている桜並木。今が満開なのか、桃色の花弁がひらりと舞って、彼女の頭の上に乗った。甘い香りに包まれる。

「すごいね。一面ピンク色だね」

表情は変わらないけど、淡々とした口調のままだけど、彼女が興奮してるのが伝わってきて、僕も嬉しくなった。

彼女の髪がなびく度、もう見ることのできない青空が浮かぶ。まるで晴天に桜が舞っているような錯覚を覚える。

「綺麗……」

僕には、花びらに触れる彼女の方が綺麗に見えて「君の方が綺麗だ」なんて陳腐な台詞が口をついて出そうになる。その代わりに「綺麗だね」と同意してみた。


「ノコリ 3分デス」

世界の残り時間を伝える放送は、機械音が混じって聞き取りづらい。ただ、はっきりと告げられた残り時間に、僕達は少しだけ驚く。こんな美しいものが、一瞬で跡形も無く消えるんだ。


僕達はどちらからともなく、寝っ転がる。

「ねぇ……私、ね」

君が僕の手を取りこう言った。

「最後に貴方に出会えてよかった」

初めて彼女の笑う顔を見た。その瞬間ちょっとだけ「死にたくないな」なんて思った自分に驚いた。戦禍から逃れ、家族と離れ離れになってから、次第に薄れていった感情。今更だな。

「僕も。君に会えてよかった」

ぎゅっと手を握り返す。一回り小さく細い手。目をつぶると、僕と君の吐息だけが聞こえて、君の手のあたたかさがより鮮明になる。


少し名残惜しいけれど。きっとまた君とは会える気がするんだ。根拠の無い自信だけれど。


僕は、君とまた会えるように、はぐれないように。ぎゅっと手を握り返した。


次の瞬間、世界が真っ白に染まる。眩しい。寄せてくるはずの痛みさえ感じる時間さえなく、呆気なく。


……今日、世界は終わった。


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