花火の色は恋の色

星宮コウキ

『えー、そろそろ後夜祭を始めたいと思います。それでは、まず先生方の演目に移ります……』


 放送が校庭に鳴り響く。今日は文化祭最終日。この学校では、6月の頭に文化祭がある。そして、今。全過程を終え、後夜祭が始まろうとしていた。


 国立神宮学園こくりつじんぐうがくえんの学園祭にはお決まりのようなジンクスがある。それは、後夜祭の花火が上がっている間に告白すれば成功するというものだ。時間は三分間だけ。ここの生徒はこれをゴールデンタイムと呼んでいる。


 そして、今年もまたこの文化祭でと心に決めている男女達アオハルたちがいるのであった。



 ****************



 私は、今年で高校三年になる。つまり、これが最後の神宮祭じんぐうさいというわけだ。この学校の曰く付きの後夜祭の花火を見るのも最後。


「結局彼氏できなかったなぁ〜」


 教室の窓辺に寄りかかり、思わず口にしてしまう。


「なぁーに言ってるんですか、ミスコンでグランプリを獲って、今日一日王冠をかぶってなきゃいけない須娘恋歌すこれんかさんっ」


 そう言って私の方を叩くのは親友である尾道裕奈おのみちゆうなだ。去年の神宮祭で彼氏ができて、今年もエンジョイしたそうだ。……王冠には触れないでほしい。とても恥ずかしいことこの上ない。


「それに作るとしたらこれからでしょう?ゴールデンタイムまで時間あるし。頭脳明晰容姿端麗ポケ○ンマスターのれんちゃんが失敗するはずないって。それにあんたには“切り札”があるじゃん!」


 ポケ○ンマスターの称号もらってしまった。


「ミスコンの優勝賞品のこと?そうかもしれないけれどさー」


 切り札。ここでいうそれは、学園祭のゴールデンタイムにおいて他の女子と圧倒的な差をつけることのできるものである。なんたって、後夜祭で踊るパートナーを選ぶことができるのだ。自分の選びたいパートナーが他の女子に奪われることはなくなる。


「でも“指名券”使ったら、告白してるも同然じゃん」


「え、告らないの?」


 さも当たり前であるかのように聞いてくる。いや、だって恥ずかしいじゃん。


「あんた、瀬戸くんのこと好きなんじゃないの?」


 ブフォッ。急に祐奈は変なことを言ってくる


「そ、そんなんじゃないし...」


「顔、赤いよ。せめてもっと上手に嘘つきなさいな」


 瀬戸真也せとしんや。去年、私と一緒に神宮祭の実行委員をやった人。その時は私が委員長、彼が副委員長だった。一年の時は同じクラスだったが、話すようになったのは委員の時。深い仲ではなかった。


「でもクラス違うしぃ〜」


「でも一応、今年も実行委員なんでしょ?」


「私は装飾で忙しかったし、瀬戸くんも音響のフォローに回ってたし...」


「あぁもう、れんちゃんくどい!」


 裕ちゃんは頭をかきむしり、私に怒鳴った。


「もうこれは命令だ!瀬戸くんを誘え!そして告れ!」


「ええ!?」


「いいから返事!」


「は、はいっ!」


「わかったら行く!」


「はいっ!」


 裕ちゃんに背中を(物理的に)押されて私は教室を出た。



 ****************



「お疲れ様です、先輩」


「おう、お疲れ」


 体育館の舞台の袖。最後の演目も無事に終え、音響の係りの人たちがみんなぐったりしている。後夜祭は外でやるため、片付けは後でもいい。しかし、少し薄暗く静かでひんやりとしているこの場所はここ三日間の疲れを取ってくれるようであった。


「瀬戸先輩、今年も迷惑かけちゃってごめんなさい。俺らが中心なのに……」


「いいんだよ。あのトラブルは俺でも見たことなかったからな。それに、吉田よしだたちの連携が良かったから修復が遅れなかったんだよ」


 機材トラブル。学園祭ではよくあるものではあるが、今回のはやばかった。音響と照明が同時に使えなくなり、流石にパニックになった。そしたら高二の後輩たちがすぐに他の実行委員に連絡。おかげで長引かずに済んだ。


「いえ、やはり先輩の対応が適切で無駄がなかったからですよ」


「そうっすよ〜、先輩」


 後ろから首に巻きつかれる。こんなことする後輩は一人しかいない。


かなで、やめろって。首が閉まる」


「ええ〜、いいじゃないっすかぁ〜」


 そう言いつつも、降りてくれる。意外と聞き分けのいい後輩だ。吉田も奏も俺と同じバスケ部で、二人は一つ下の後輩である。男バスと女バスは練習こそ違うものの、この学校では交流が深い。その中でも、俺ら三人は特に仲が良く三人でよく絡んでいる。この学園祭でも同じ音響をやっている。


「どうした、奏。何か用があるから来たんだろ?」


「あー、そうでした」


 思い出したように奏が言う。


「先輩、後夜祭一緒に踊りませんか?」


「え......」


 それは明らかな好意。後夜祭で一緒に踊ると言うことは、その後の花火を一緒に見るのと同義。つまり……。私フリーですよ、今告白してくれたら付き合いますよと言ったような積極的な好意を提示しているのである。


 吉田は気を遣ってか、少し離れた。今は二人だけの場だ。


「後夜祭、か...」


 正直な所、奏のことは嫌いではない。しかし、恋愛対象で見ることはできない。なぜなら……。


「恋歌先輩ですか」


「......」


 図星である。俺はきっと、一昨年から彼女に恋をしている。クラスで隣になった時から。一昨年に彼女が学園祭の実行委員をやっているのを見て、その次の年から始めた。いいところを見せたくて、そして彼女を支えたくて副委員長までやった。もちろん、今年参加した理由もそれである。唯一の接点を失いたくはなかった。彼女がやらないという可能性もあったが、やっておいた方が会える確率が高いと踏んだのだ。


『瀬戸くん、今年もよろしくね!』


 学園祭の準備が始まった時、彼女が笑顔で話しかけてくれた。それだけで、この学園祭は頑張れる気がした。


「恋歌先輩は、ミスコンで優勝したんですから。パートナーを決定する権利があるんですよ?こんな時間までフリーなわけないじゃないですか」


 奏のいうことはもっともだ。でも、それでも。


「それでも、ごめんな。俺は須娘がいい」


 ふふっ、奏がそう笑った。


「そういう告白は先輩本人にしてあげてくださいよっ!」


 奏は満面の笑みで俺を立たせて、背中を押す。


「ほらほら、早く行かないと奪われちゃいますよ?」


「奏、お前...」


 もしかして、俺の気持ちを知っていて背中を押してくれようとしたのだろうか。


「頑張ってくださいね、先輩!」


 俺はその言葉を背に受け、体育館を後にした。



 ****************


花火が鳴り始める。周りには踊っている人も多い。私は焦ってしまう。


「あ、瀬戸くん...」


 後夜祭の会場に行くと、向かい側から私と同じように走ってくる彼を見つける。


「須娘...」


 彼も私を探してくれていたのだろうか。


「...そんなわけないか」


「ん、なんか言った?」


「ううん、別に」


「そっか」


 どうしよう、会話が続かない。話さなきゃいけないのに、パートナーとして指名しなきゃいけないのに。


「あ、あの!」

「えーと」


 タイミングが見事に被ってしまった。目があって、そらしてしまう。裕ちゃんのおかげとはいえ、決意することはできたけれど、恥ずかしい。


「瀬戸くん、先いいよ?」


「いやいや、須娘が先にどうぞ」


 先を譲られてしまった。まだ心の準備が出来ていないのに。


「あぅぅ...えぇと...」


「落ち着いて、須娘」


 瀬戸くんの優しさは嬉しいが、動悸が激しくなって余計に考えがまとまらない。えぇと……。


「め、命令です!わわ、私と後夜祭踊ってください!」


 言ってしまった。指名してしまった。そして、言ってしまってから瀬戸くんはミスコンのことを知っているのかどうかと不安になってきてしまった。ちらりと瀬戸くんを見る。案の定、よくわかってないような顔をしている。失敗しちゃったかな……。


「はははっ」


 そう思っていたときに、瀬戸くんは声に出して笑った。


「まだ指名してなかったのかよ。お前もバカだな」


「い、いいじゃん。指名するのって恥ずかしいんだからね!」


 瀬戸くんは不快には思っていないようであった。


「それで、返事は?」


 それでも不安なので聞いてしまう。


「それは指名だろ?だったら断らねぇよ……まぁお前だったら指名券なくても断らねぇけれど」


 後半の方はよく聞き取れなかったけれど、了承をもらえた。


「良かったぁ〜。それで、瀬戸くんの話は?」


 次は瀬戸くんの番だ。私は頭から落ちかけていた王冠を直し、聞く姿勢になる。


「あぁー、えーと」


 今度は瀬戸くんが口ごもる。でも、瀬戸くんは私の話を聞いてくれたから、私はいつまででも待つつもりだ。


「じゃあ...俺と、付き合ってくれるか?」


 はっと瀬戸くんの顔を見る。瀬戸くんも私と同じように恥ずかしいんだろうか、顔が心なしか赤く見える。


「ふふっ。じゃあってなんなんですか」


「しょうがねぇだろ。もともとお前と同じ要件だったんだよ...」


 お返しにとばかりにからかい返してやる。


「それで、返事は?」


「...はい、喜んで!」


 私は彼に笑いかける。彼も私に微笑み返してくる。最後の神宮祭は、幸せなものとなりそうだ。



 ****************


「花火上がり始めたねー」


「...良かったのか、奏」


「何が?」


「お前、先輩のこと好きだっただろ」


「ちょっ、、何言ってるの!?」


「何年お前と一緒にいると思ってんだよ」


「...」


「なぁ、奏。これは独り言だから聞き流してくれて構わないんだけれど」


「...?」


「俺じゃ、先輩の代わりにはなれないかな」


「!?」


「俺は、お前と付き合ってもいいと思ってるよ」


「...」


「まぁ、そんなすぐには無理か」


「...待って」


「先輩が恋歌先輩のこと好きなのは前から知ってたから割り切ろうと思ってたの。だから...」


 文化祭マジック。


「先輩の代わりになるかどうか、この後夜祭で見てあげる」


「...じゃあ、行こうか」


「うんっ」


 それが作り出す物語は一つではない。そしてそれは、今年も幸せな物語を作り出したのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

花火の色は恋の色 星宮コウキ @Asemu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ