たった3分されど3分

天鳥そら

第1話3分じゃカップラーメンが食べられない

「あなたの人生があと3分で終わります。そう言われたらどうする?」


割り箸をぱきっと割った私は、気楽に聞いてきた目の前の彼氏をきょとんとみつめた。腕にはめた時計とカップラーメンを見比べている。お湯を注いでから3分待たなければならない。はっきり言って3分経つまでのヒマつぶしの会話だ。


「あ~その手の話題、よくあるよね。あと一週間とか、一日しかないとか」


結局自分の親しい人と日常を過ごすとか、思い切って旅行するとか、遠方に住んでいる友人に会いに行くとかそういうことだ。私自身も友達と話していて、そんなことを答えた気がする。今を大事しなさいとか、今日という日は素晴らしい1日なんだとか、大学の先生も講義で言っていたような気がする。


まだ大学生で、大きな病を抱えていない私には、実感がまったくわかない。まわりにも特に明日をも知れぬ境遇に陥っているような人間はいない。いたって平凡な大学生だ。朝起きたら大学の講義を受けて、サークルに顔出して、バイト行って、まだ先にある就活をぼんやり考えているぐらい。特に疑問をもたぬまま、レールに乗って生きている。


「3分って限られた時間の中で、人はどれぐらいモノを考えるだろうか」


「わっかんないよ。そんな状態に置かれたことないし、実際なったら、嫌だし」


「まあ、そうなんだけどさ」


気乗りしない私の答えに、同じようにだらっとした返事が返ってくる。カップラーメンが出来上がるまで、まだ1分30秒ほどあるだろうか。お湯を注ぐだけでできるけど、こうして待っている3分はとても長い。前に聴いていたラジオでは、この3分を待てるかどうかという話題で盛り上がっていた。なかには3分待たないで食べてしまう人もいるらしい。美味しいのかな。


「3分しか時間がなかったら、カップラーメンも食べられないよな」


「え~やめてよ。カップラーメンができた。さあ食べよって思った時に、地震とかきたら嫌じゃん」


「火事とか?」


「あと、誰かの訃報とか?」


うっ。実際にありえそうで怖くなった。取り消し取り消し。嫌な想像ほどホントになっちゃうことってあるんだから。彼は3分が待ち遠しいのか、また腕時計を見てる。3分待っている間って、変な緊張感があるんだよね。私はテーブルをざっと見回して、お茶がないのに気がついた。


「お茶、入れてこようか?」


「そろそろ3分経つからいいよ。悪いよ」


「いいよ。だって、ちょっと手持無沙汰なんだもん」


私が立ち上がろうとすると、目の前の彼が私の腕をがしっと掴む。どうしたのと言う間もなく唇をふさがれた。数秒ほどたってから、顔を離した彼に思わず噴き出した。


「私にキスしようって考えたわけ?」


「人生最期の話しとかしたらさ、もうちょっと、色気のある会話になると思ったんだよ」


テーブルの上に置いた私の手の甲に、彼が手の平を重ねてくる。二つならんだカップラーメンを見て、私は彼の腕時計に視線を走らせた。


「カップラーメンできたんじゃない?」


彼が少し考えるそぶりを見せてから、ふっと息を吐いた。


「食うか」


「だね」


「やっぱり、私、お茶入れてくるよ。先に食べてて」


「悪いな」


割り箸をぱきっと割る音がして、あちちという声の後、麺をすする音が聞こえてきた。台所で冷蔵庫から麦茶を取り出して、二人分の湯飲みにお茶を注ぐ。湯飲みを持って戻る前に、私はそっと唇の上に指をのせた。


「人生が終わる3分間、愛する人とキスして抱き合う」


映画じゃロマンチックだけれど、やっぱり考えられない。そんなロマンほしくない。


軽く頭を振って歩きだす。半分ほど食べ終わった彼の前に湯飲みを置いた。


「サンキュ。お前も早く食えよ。のびるぞ」


ラーメンと言ってカップの中にある汁をすする。彼はラーメンやうどんの汁は全部飲み干す方だ。身体に悪いって注意する私の話なんか聞きやしない。だから最近では私もあまり言わなくなった。


「じゃあ、いただきます」


さっき割った割り箸を手に取って、カップのふたをぺりりっと開ける。ほわっと湯気が顔にあたって、香ばしい香りが鼻をくすぐる。麺と具が口に入らないように気をつけながら、一口汁をすすり彼に見えないようにそっと笑った。


ずっと、こんな日が続けば良いのに。




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