星降る街のサンクチュアリ

まほろば

最後の3分間は、まるで恋愛小説のようで

 ――西暦2132年。8月9日。午後4時31分。

 都立青豊高校の2年生の教室で、私こと早坂美来はやさかみくは、1個上の先輩で、私が所属する天文部の部長であらせられる楠木努先輩から来たメールに感激していました。


 『ペルセウス流星群を見る。3日後の夜、高尾山ふもとの孝雄さん家前に集合』


 何を隠そう、部活動のお知らせでした!

 最近は部活が出来ない日が結構続いてましたからね。これはもう、行くしかないでしょう!

 ところで、孝雄さんって誰でしょう?


 『部活動の件、領海でーす! ところでせんぱい、孝雄さんって誰ですか?』

 『誤字ってるぞ、直せ直せ。一昨年までこの学校に居た科学の先生。高岡孝雄たかおかたかおって言うんだ』

 『なるほど! じゃあ、当日は高尾山の麓にある高岡孝雄先生のご自宅の前まで行けばいいんですね!』

 『たかお、が多いな。もうちょっとなんとかならんか?』


 ちょっ、先輩から言い始めたんじゃないですかっ!?

 心の中でそうツッコミを入れながら、私は腕輪型の情報端末、《アルキメデス》を操作します。

 株式会社スバルって所が作っているこの携帯電話、凄いんですよ。見た目はプラスチックの玩具みたいなんですけど、僅かな指の動きだけで色んな操作が出来ちゃう優れものなんです。

 えっと、装着者に流れる神経伝達部質を《アルキメデス》のセンサーから読み取り、同時にパターン化されている指の動きを認識することで自由かつ柔軟な操作が可能になっている、とかなんとか。

 よく分からなかったんですけど、とっても便利ってことです!


 「ペルセウス流星群かー。一度見て見たかったんだよね。科学の先生もいるって、本格的な部活動だ!」


 今の天文部の先生は生物を教えている先生だから、星はあんまり詳しくないみたいなんですよね。

 私は誰もいない教室を飛び出し、昇降口まで思いっきり走ります。ついさっきまで、出された宿題の事を考えて沈んでた気分が嘘のように軽い。数学でも生物でも何でも来い! やってやるぞーっ!

 その後、生徒指導の先生に見つかってこっぴどく怒られた私が、重い足取りで帰宅した旨をここに報告しておきます。

 ちくしょうめぇ!!




 ――同年。8月12日。午後9時36分。

 生憎、今日は午前中から雨が降っていました。15時には止みましたけど、空は分厚い雲がかかったままです。

 中止になるかと思って先輩にメールしたのですが、返事がありません。これはもう、曇天決行ってことなんでしょうね。


 メールに添付されていた住所と地図を頼りに、お父さんに車で送ってもらった私は、集合時間の少し前に孝雄先生の家の前にいました。

 私が一番乗りかもしれないって思ってたのに、先輩が既に到着していました。長袖の白いシャツに青いジーンズという服装は、これから山に登る格好とはとても思えません。

 かく言う私も、少し厚めのシャツに灰色のカーディガンを羽織って、下はロングスカートなんですけど。

 先輩は、立派な民家の門の前で、初老の男性とにこやかに会話していました。あの人が、高岡孝雄先生でしょうか?


 「――まさか、努君が女の子とデートだなんてねえ。私も感慨深いよ」

 「止してくださいよ。それに、今日はデートとかじゃなくて、ただの天体観測ですから」

 「まあ、そう言う事にしておこうか。それじゃ、気を付けて行ってくるんだよ?」


 なんと、どうやら高尾山に登るのは、私と先輩の二人だけみたいです。

 そう考えたら、何故だか急に緊張してきました。あれ、服装変じゃないですよね。双眼鏡持った、コンパス持った、ランプ持った。やばい、今日の下着はスポーツブラだ……って、私何言ってるんだろ!?

 そんな私の焦りにも気付かず、先輩は高岡先生との会話を終えると真っ先にこっちに向かってきました。うう、先輩ったらいつもの死んだ魚みたいな目とは正反対で凄い笑顔を浮かべています。瞳なんか子供みたいにキラキラ輝いています、今日がそんなに楽しみだったんでしょうか。


 「すまん、待たせたな」

 「い、いえ。私は大丈夫です。それより、その――」

 「ああ。楽しみだな、ペルセウス流星群! 去年も一昨年も見られなかったからな。今年こそ観よう!」


 ……おお。先輩がやる気に満ち溢れている。

 私の服、変じゃないかって聞こうとしたんですけど、聞ける雰囲気じゃありませんね。むしろ、先輩のやる気を邪魔しちゃいけません。私は、邪念を一切合切そこらに捨てて、いつも通り先輩に茶々を入れます。


 「とか言って、先輩。山の天気は変わりやすいって言いますよ。本当に大丈夫なんですか?」

 「問題ない。さっき、孝雄先生に確認しといた。今日は夜から雲が晴れるみたいだから、きっと観測できるだろう」


 ――ほんとですかね。

 私は不安になりながら、山頂に向けて歩きだしました。時にぬかるみに足を取られそうになりながら、二人三脚で歩きます。

 後日、偶然同じ理由で高尾山の山頂を目指した人とお会いしたのですが、カップルにしか見えなかったそうです。

 あー。あー、うあーっ、くあーっ!


 


 同年、同日。午後10時41分。

 私の悪い予感が的中しました。

 空、めっちゃ曇ってます。星どころか、夜空も見えません。

 ……このやろう、やりやがったな?

 私と先輩は恨めし気に空を睨め付けますが、いっこうに雲が晴れる気配がありません。


 「まあ、こんな日だってあるさ。あんまり気を取すなよ」

 「……はーい」


 先輩はそう慰めてくれますが、私は不満が爆発しそうです。

 天体観測できないからじゃないですよ。先輩が、流星群を見られないのがとっても嫌なんです。

 現在3年生の先輩は、都内にある国立三葉大学へ受験することが決まってます。夏休みが終わったら先輩は部活から離れて、試験に取り組まなくてはなりませんから。

 ――高校生活最後の天文部の活動が、こんな形で終わっていいはず、ないじゃないですか。


 それでも、先輩はからからと笑って水筒に入っているお茶を飲んだりしています。

 ……もうっ、私がこんなにせんぱいのコト思ってるのに! せんぱいのバカ! のんき! あんぽんたん! すかたんぽん!


 しかたなく、私はバッグから大きめのビニールシートを広げます。お母さんが必要だからと言って、いろいろ持たせてくれたんですよね。熱いミルクティーの入った水筒と、タオルと、折り畳み傘も。

 それに、私が作って来た夜食もバッグの中には入ってます。おにぎりと唐揚げと卵焼きですけどね。


 「随分と準備が良いな。もしかして、一度見たことがあるのか?」

 「いえ。でも、昔両親が天体観測をしたそうなんですよ。その経験を生かして、色々持たせてくれたんです」

 「……そうか」


 私達はビニールシートの上に座りながら再度、分厚い雲の掛かった夜空を見上げます。少し風が出てきて、ちらほらと星空が覗いたりもしますけど、すぐに隠れちゃいます。

 お父さんからは夜中の1時までには帰ってきなさいって言われているんですよね。腕時計で時刻を確認すると、今は23時5分。あと1時間過ぎたら、私は山を降りなければなりません。

 それを先輩に伝えようとしたその時、望遠鏡のレンズを磨いていた先輩が遠くを見ながら静かに喋り出しました。


 「……この世には、『宇宙そらの揺りかご』っていう大きな大きな存在がいて、いつも俺たちを見守っているらしい」

 「ふぇ? いきなり何の話ですか?」

 「古い神話だそうだ。父さんは祖父ちゃんから聞いて、祖父ちゃんは曽爺ちゃんに聞いたんだとさ」


 そんな神話、あったかなー? 私、17年生きてますけど、そんな神話なんて聞いたことないんですよね。でも、せっかく面白そうなお話ですから、ここは聞いてみましょう!


 「今、俺たちがいる世界は、3次空間世界というらしくてな。『宇宙のゆりかご』って奴は、この世界の隅から隅までを観測し続けているんだ。宇宙誕生から現在に至るまで、途方もない時間をたった一人でな」


 へー。じゃあ、神様みたいな感じなんですかね。でも、一人ぼっちで世界を視続けているなんて、悲しくならないんでしょうか。私だったら、途中で発狂する自信がありますよ!


 「『宇宙の揺りかご』は、この世界に産まれた《命》に祝福を施すらしい。それがどういった内容なのかは知らないんだけどな。そして《命》が終わる時、彼女が自ら迎えに行くんだとさ」

 「へえ……。素敵なお話ですね!」


 命の始まりから終わりまでを、見守り続けている神様かぁ。きっと、母性の塊みたいな感じなんだろうな。

 その後も他愛ない話をしながら夜食をつまんでいると、時刻は23時57分を過ぎていました。

 いつの間にか、空に掛かっていた雲は散り散りになって、深い闇色の夜空と、きらきらと瞬く星が覗いています。


 「おっ、晴れたな! よし、観測開始だ。……ところで、早坂は何時頃帰るんだ?」

 「ええっと。その、12時位にはここを出ないと、マズいです……」


 あまりにも先輩の話が面白くて、それを伝えるのを忘れていました。帰るまで、あと3分しかありません。

 恐る恐る予定時刻を伝えると、先輩は一瞬だけ驚いた顔を浮かべ、パッと笑ってこう言いました。


 「そっか。じゃあ、俺の後輩の為にも早く見ないとな!」


 先輩の瞳は、きらきらと輝いていました。まるで、漆黒の宇宙に輝く無数のように。光を浴びて輝く水晶のように。

 私は頬が熱くなって、つい目を逸らしてしまいます。あれ、なんででしょう? 今まで、先輩と会ってもこんな風にならなかったのに。胸がドキドキして、とてもじゃないけど先輩の顔をまともに見れません。


 その時です。先輩が、大きな歓声を上げました。


 「早坂! 見ろ! ペルセウス流星群だ!」


 その言葉に、私は夜空を見上げました。上空には、宇宙から無数に降り注ぐペルセウス流星群が。

 圧巻でした。言葉が出ないほど。私達は望遠鏡を放り出して、ビニールシートに寝っ転がって流星群を観続けました。

 隣にいる先輩は、とても何故だかとてもカッコよく、とても可愛く見えて。


 ――ああ、せんぱい。私、恋しちゃってもいいですか?

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