閉ざされた境界

kumapom

第1話

 ポータブルプレイヤーから古いジャズの歌が聴こえてくる。

 このプレイヤーはプラスチック製の安物だが、なかなか音がいい。

 そして音楽。一度酒場で聞いて以来、この時代の歌が気に入った。今の電子音だらけの音とはえらい違いがある。人の息吹がする。こういうのが好きだ。


 船が母星を旅立ってから、もう数ヶ月になる。

 目的地の銀河までは、亜光速でもあと数ヶ月かかる。どうにも退屈だ。

 こういう時は音楽を聴くか、新しい料理のレシピを考えるか、あとは寝るぐらいしか無い。


 この貨物船ゴフェル号にはあるルールがある。


 『貨物室に入ってはいけない』


 仕事はコックなので、貨物室には特に用事は無いのだが、どうにも気になる。

 俺は訝った。犯罪の片棒でも担がされているんじゃないかと。どうもくさい。

 

 俺はある日、興味本位で、まだ見たことの無い貨物室の入り口まで行ってみた。


 頑丈そうで大きい鉄の扉があった。高さ三メーター程はあるだろうか。幅は十メーターぐらいある。

 扉の脇にはもう一つ小さなドアがある。大扉を開けるまでも無い時に使うのだろう。

 開けるための暗証ナンバーボックスがついている。


 観察していると、なんとそのドアが開いた。

 中から出てきたのは管理会社の社員、ジェフだった。


「おや……!?」

 明らかに驚いた様子だった。

 俺はにこやかに対応する。

「やあどうも、ジェフさん。ごきげんよう」

「ここは立ち入り禁止ですよ?」

 やつは銀縁のメガネの向こうから睨んでこう言った。

「分かってますよ……ちょっと散歩です。さすがに音楽も本も飽きてきたんでね」

「困りますよ。さっさと自室に戻ってください。娯楽室だってあるでしょう?」


「ジェフさんは、ここに入ってよろしいので?」

「私は管理担当ですからね。荷物の安全を時々確かめる必要があります」

 ジェフは汗をかいている。


「あの……ちょっとお伺いしたいんですが?」

「何です?」

「荷は何なんです?差し支えなければ教えていただけませんか?」

「それは言えませんね」

「誰にも言いませんよ」

「ダメです。さあ、自室に戻ってください」

 そう言ってあしらわれた。やはり怪しい。


 ある日、ビールを飲みすぎたのでトイレに行ったら船長と隣り合わせになった。

「船長……ちょっとお聞きしたいんですが……」

「何かね?」

「こないだ……ジェフさんが貨物室から出てきたのに鉢合わせたんですが」

 船長は黙っている。

「彼は……いいんですかね?貨物室?」

「……管理会社だからな。問題はない」

「……そうですか……」

 船長はいつものごとく落ち着き払っているが、言葉の間に何か感じる。

 もちろん、船長だから荷物が何かは知っているはず。そうか、船長もグルなのか?


 俺はジェフの行動を観察することにした。

 食事の時間、寝る時間、そして貨物室に行く時間。そしてパターンがあることが分かった。

 そして物陰に隠れて暗証ナンバーを盗み見た。


 とあるパーティーで俺はごちそうを作った。そして料理に少々睡眠効果のある香辛料を入れた。

 その日の消灯時間は実に静かになった。


 俺はそっと自室を抜け出し、貨物室へと向かった。大丈夫だ、誰も見ていない。

 暗証ボックスにナンバーを入れる。

 ボックスのランプがついて、開けることを教えてくれた。

 俺はそっと中に踏み入れた。中は真っ暗だった。

 懐中電灯で足元を照らす。


 寝息の音がする……。寝息?何かいるのか?


 辺りを照らすと、普通のコンテナボックスの向こうに、見たことも無い素材の水槽が見つかった。

 水槽?いや違うかもしれない。でも水が入っているようには見えない。ただ、カゴでも無いし、箱でも無い。透明で、かと言って固そうでもなく、水槽と言う表現が一番近い。

 そして中に入っているものを見た。

 人間……?いや、翼がある。これは天使?


「見てしまいましたか」


 貨物室の明かりが点く。周りはあたり一面、天使の水槽で一杯だった。

 現れたはジェフだった。そして船長も。


「我々は天使を退避させているのです」

 ジェフが言う。


 船長が続ける。

「あの星にはもう、彼らは住めなくなってしまった。だから生きられる場所へ移さねばならんのだ」


「ちょっと待ってください。それを信じろと?」

「信じられないと言うのかね?」

 船長が言う。

「天使……いや、この生物が何かは知りませんが、これはきっと密輸でしょう?違うんですか?」


「これを見れば信じられるかね?……ジェフくん?」

「分かりました。もうこの際正体を明かしましょう」


 そう言うと二人は光に包まれ、天使の姿になった。


「俺は?俺はどうするんです?この航海の後は?」


 船長……いや、天使は言った。

「君は選ばれたのだよ」


 そして俺は、自分の背中に羽が生えるのを感じたのだった。







 

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