神罰 一

 たしかに救急車のサイレンを聞いたような気がしたが、救急隊が別館に来ることはなかった。

 正門へ来た救急車の隊員を、シスター・アグネスが追い払ってしまったのだ。

シスター・アグネスは通報が間違いだとは言わなかったそうだ。

「生徒が具合悪くなったようで連絡したようですが、幸い、簡単な腹痛のようですぐ治りました。ご迷惑をおかけして申しわけありません」

 という話を学院の塀の近くに身を潜めていた司城が聞いたということが、メールで知らされた。

 事実、幸か不幸か雪葉の容態は良くなり、しばらくすると苦痛が消えたようで落ち着いたのだ。

 ぎゃくに翌日の朝食の席で見るシスター・アグネスや杉の目はおそろしく冷たく、美波は自分が冷凍庫にいるような気がしてきた。

 シスター・マーガレットや学院長まで来た。

「今から持ち物検査をします」

 学院長の言葉に美波は背が凍りつくのを自覚した。

 夕子と目を見交わすと、夕子も青ざめた顔をしている。

 幸い、司城からあずかった携帯はベッドの枕の下に隠してあり、少なくともこの場では見つかることはないと美波は考えていた。

 生徒たちは全員立って、杉とシスターたちのボディチェックを受け、ポケットのなかまで探られる。

 美波も調べられたが、難なく終わる。ほっと内心安堵の吐息をついた途端、食堂のドアがひらいてレイチェルが小走りに入室してきた。

 その手にあるものを見て、美波は全身から血が引いた。

 レイチェルは得意げにそれを学院長に提示し、なにやら呟くと、学院長の顔がいっそうこわばった。

 

 ツカツカツカ、と鉛色なまりいろの床にひびく靴音を、美波はどこか別の世界でのできごとのように聞いていた。

 だが足音が美波のすぐ前まで来ると、その瞬間、頬に激しい痛みを覚えた。   学院長が平手で美波の左頬を打ったのだ。

 一瞬、食堂じゅうが静まりかえる。

「この、鼠! おまえだね! おまえがこの携帯で救急車を呼んだんだね!」

 その場にいた生徒たち全員とシスターたちの視線が美波の全身を針のように付く。

 美波は首を振ろうとしたが、身体が動かない。それでも、司城とのメールはやりとりのあとに全て消去していたのが救いだった。その携帯が学院出入りの美容師のものだということはばれないはずだ。

「ち、違います! 誰かがわたしのベッドに隠したんです」

 せっぱつまって、必死の抗弁をこころみる。

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