「ああ」

 そういうところもあるだろう。

「で、私の親……母親も、昔そういう所で働いていたんだって。若い頃のことだけれど」

「そ、それ、お母さんから聞いたの?」

 美香はこくりと頷く。

「うちって、そういう家だし、まわりもそんな家庭の子ばっかしだからさ。……びっくりしたでしょ、あんたお嬢っぽいもんね」

 美波はほとんど無意識で首を横に振っていた。

 一昨日までなら少しびっくりしたかもしれないが、今はどうとも思わなくなっていた。感じるものといえば、ああ、美香もそうだったのか……というぐらいだ。

「子持ちでソープとかヘルスで働いている女性なんて近所歩いていてもけっこう見かけんの。別に、そういう生き方もありかなって思うけれど……やっぱりね」

 さすがに子持ちでソープなどの風俗の仕事をするなど、美波には想像もつかない。

「……普通の仕事さがすの無理? その、お母さんに子どもの面倒見てみもらって、働くとか」

 美香は苦笑いした。ここにいると、いつの間にか皆苦笑いが癖になってしまう。

「普通の仕事って、私なんにも出来ないよ。もともと勉強嫌いだし、パソコンとか、経理とかもさっぱりわかんないし」

「でも、ここって、そういう人のために、妊娠していても勉強続けるための学校でしょ?」

「……本当にそう思う?」

 美香の表情は複雑なものになっており、美波はまた小さく息を飲む。 

 はっきり言って美香は好きなタイプではない。夕子や晃子、雪葉とくらべても、友情めいたものを感じたことはなく、ただいっしょに作業をしている相手という感覚しかなかった。

 美香の可愛さのない大柄な外見も、むくんで不貞腐ふてくされて見える顔も、ややひねた態度もどうしても好意を持てなかった。良くて、妊娠中という状態にたいする同情心ぐらいしかない。そんなふうにしか思えない一番の原因は、こいう場所で一緒にいても、彼女とは明らかに今まで育った生活環境がちがうという意識があったからだろう。

 いや、生活環境がちがっていても、晃子には好もしいものを感じるのだから原因はそこではない。彼女の外見や性格、雰囲気だろうか。美波は考えてしまう。

 美香からは夕子や雪葉から感じられる知的なものも、洗練されたものも、少女らしいたおやかさが微塵も感じられない。心のどこかで美波は美香を嫌悪し、みくびっていたのかもしれない。

 だが、今の美香からは少しちがうものを感じ、以前の認識がややくつがえされた気がする。美香もまたここでいろいろ考え、何かを感じているのだ。

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