二
「実を言うとね、私もこのままここでシスターにならないか、って言われているの」
そこで晃子は話題を変えるように言った。
「え? そうなの?」 またつい美波の手は止まってしまう。
「シスターを目指すと、けっこう自由時間ができるし、外へ買い物にも出れるし、海外研修とかもできるんだって。……どのみち外に出ても私には帰る家ないし、今の時代、就職も大変そうだし、働いても食べていくのがやっと、っていうか、普通に食べていくのも難しいっていうぐらいだし」
そうなのかもしれない。
高校生の美波には実社会の厳しさはまだ良くわからないが、それでも外にいたときテレビのニュースなどで貧困や就労の難しさがよく伝えられているのを見聞きした。そのころは聞いていてもピンとこなかったが、親も家もない晃子がこのまま卒業しても、待ち受ける世界はけっして優しいものではないだろう。
「でも、シスターになったら彼氏とかつくれないし、恋愛も結婚も駄目なんじゃないの?」
「もう、男はいいや」
高校生が言うとは思えない言葉を、晃子はそっけなく言う。
「もう男にはうんざりしたし」
「……で、でも、将来、やっぱり子どもとか欲しくなったりしない?」
「どうせ生めないから」
美波はまたぎょっとして晃子を見た。
白い頬はいまも窓からさしこむ陽光に照りかがやき、茶水晶の瞳はきらめいている。作業の動きに合わせて揺れる薄茶の髪は、短く切られていても、充分女の子らしい魅惑をはなっており、また他の生徒なら野暮ったく子どもっぽく見えるかもしれないショートカットのその髪型は、晃子に関してはとても似合っていて、ボーイッシュな、ややおてんばな少女のような魅力にあふれている。むしろ、本来は女の子らしい気の優しい子が無理に気負っているようで、かえって色っぽく見えるぐらいだ。晃子はときにしっかりしていて大人っぽく見えもすれば、ひどく幼げで可憐にも見える。成熟した大人の魅力と未熟な子どものいたいけさが混じりあっているのだ。どこか不思議で奇妙な雰囲気の持ち主だ。
そして、それほど魅力的で人を惹きつける彼女が、女としての人生をすべてあきらめたような言葉を平然と発している。
困惑顔の美波に、晃子は例の微苦笑を向けた。
「だって、ほら、私病気もしたことあるから」
「え……、でも、病気ったって、治ったんでしょう?」
晃子はまた甘い苦笑を浮かべてみせる。
それはまた例のあきらめの笑みだった。
「私、育ち
育ち損ない、というあまり聞き慣れない言葉に、美波は一瞬とまどった。
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