口をはさんだのは、今日一日寧々とおなじ作業班だった生徒だ。その顔には不満があふれており、寧々といっしょに仕事することの苦痛を訴えている。相当、理不尽な目に合わされたのだろう。

「なんか、されたの?」

 美波の隣に座って話を聞いていた晃子が訊いた。

「もう、最低! 掃除なんか全然しないのよ。全部私たちに押し付けて自分はサボっているの。おまけに、」

 さらに彼女が何か言おうとした瞬間、少し離れた席で椅子を動かす音がひびいた。

 一瞬、食堂が静まり、立ち上がった人物に視線が集中する。 

「あの……、ちょっと失礼します」

 山本美香が青い顔をして出ていく。

「どこへ行くんですか? まだ食事の時間ですよ」

「あの、すいません、トイレ!」

 よっぽど切羽詰せっぱつまっていたのだろう。あせった顔で去って行く姿に、かすかに失笑がわく。

「……久しぶりに食べたソフトクリームが良くなかったのかもね」

 寧々のわざとらしい大きな声に、別の誰かが答えた。

「彼女、妊娠八ヶ月でしょ? もしかして……」

 一瞬、皆静まりかえり、もしかしたら、という目で見交わしあう。

「八ヶ月で生まれることあるのかな?」

 真保の問うような呟きに、美波は眉を寄せて考えてみた。

「早産なら八ヶ月で生まれることもあるかも……」

「えー、大丈夫なの?」 真保が目を見張る。

 美波がとなりの晃子に目をやると、晃子はのんびり最後のソフトクリームを食べて言った。

「いよいよとなったら、シスター・グレイスを呼びに行かないとね」

 しかしシスター・グレイスは寮にいる。寮に行くまででも急いでも十分はかかる。往復に二十分以上、いや、シスター・グレイスを呼んだり、来る準備をしてもらっていたら、三十分はかかるのではないか。深夜だったらどうなるのか。

 美波はますます心配になって杉を見た。

 杉は他の生徒の不安気な視線も集まってくるのを意識してか、なだめるような声で言った。

「大丈夫ですよ。私も一応助産婦の仕事をこなせるんですから。皆さん、騒がないの。……少し様子を見てくるわね」

 ちょうど向かい側に座っている雪葉もこわばった顔になっている。

 いざというときの状況を考えると、この場所は本当に心もとないのだろう。設備も医者もないも同然なのだ。つくづく、どうして雪葉のパトロンである戸倉という男は、こんな場所に雪葉を送りこんだのだろうと、美波でさえ疑問に思えてくる。

 しかも、以前にも別の少女を送り込み、その少女は悲惨なことになったというのに。

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