三
この学院の実情を知りつつ、妊娠三ヶ月の雪葉をここへ送り込んだことに、美波は戸倉という男が他意を持ってやっていると思えて仕方ない。なぜ雪葉はそのことを疑わないのか焦れったいぐらいだ。
「来月までよ……」 雪葉が小声でうなるように言った。
美波の隣で、ちょうど雪葉の向かいの席に座っている晃子は無言で雪葉を見る。
「……来月になったら、パパが迎えに来てくれるわ」
その目も口調も思い詰めたものになっており、美波はますます心配になったが、肯定の言葉をしぼりだす。
「うん、そうね」
晃子は下唇を噛むようにして、何も言わない。
一日中働き、夜はかなり食べれたので、睡魔は心地良く襲ってきた。この別館では、トイレは自由なので、ささやかながら安心感がある。寮では消灯時間外はいっさい部屋を出てはいけないことになっているが、それでも深夜に行きたくなることもあり、そういうときは、こっそり行くこともあるが、見つかれば罰則対象で、カードを没収される。
(トイレも自由に行けないなんて、あり得ないよね……)
そんなことを考えつつも、うつらうつらしてきた美波はやがて本格的な睡魔に襲われ、まどろんでいった。
どれぐらいたったろうか、美波は鼓膜にささやかな刺激を感じた。
美波自身、自分が夢を見ている自覚があった。半覚醒という状態なのだ。全身をやわらなか繭につつまれたような感覚のなか、その繭を突き破るように何かが美波のおだやかな時間に侵入してくる。
(なに……?)
細長い、手……のようなものが美波を揺さぶる。逃れようと思うが、身体が動かない。美波は激しい恐怖を感じて叫びかけていた。
「……っ!」
意識が覚醒し、自分の頭上に伸びてきた手も消えた。
額に汗を感じる。ナイトウェアの袖で拭うと、美波は息を吐いた。
(変な夢……)
しかし夢というものは大抵奇妙なものなのだと思い返し、美波はふたたび眠りにもどろうとしたが、鼓膜にまたかすかな音を感じた。
錯覚ではない。かすかな足音だ。
誰かがトイレへ行ったのだろう。室内を見渡すと空いているベッドはない。隣の部屋の誰かだ。それだけだ。しかし気になる。
美波はベッドから下りてシューズを穿いていた。身体が勝手に動いているような状態で、ふらふらと、まだどこかまどろんでいる頭のまま、部屋のドアを開いた。
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