二
美波の声はうわずってしまった。
咄嗟に、やはり妊娠中の雪葉を見た。まだお腹は目だっていないが、もうしばらくしたらさらにふくらんでくるだろう。
「そうよ。そのとき妊娠七ヶ月だったけれどね。その子の家って、お父さんがなんでも有名校の教師とか教授とかで厳しい人らしくて、実家もマンションだから、あんまり家に置いておくわけにもいかなかったみたい」
「七ヶ月……」
雪葉がちいさく呟き、訊いた。
「赤ちゃんは……どうなったの?」
「生まれたわよ」
「あの、まさか、ここで生むの?」
美波の声もふるえていた。
「うん。女の子だったって」
美波も雪葉も沈黙していたが、晃子は気にしていないようだ。
「一階端にそのための部屋があるの。そこで、シスター・グレイスと杉さんが取り上げたんだって」
「病院行かないの? 危なくないの? 何かあったらどうするのよ?」
雪葉の声には恐怖がこもっていた。無理もないだろう。やがては自分がそういう体験をするのだ。
「まぁ、危険なときもあるらしいけれど、そうなったらそうなったで、それも神の思し召しなんだって」
ドライヤーのたてる音が異常に大きくひびく。
美波も雪葉も真っ青になっていたが、晃子は気づいていないようだ。
「私、嫌よ、こんなろくな設備もないところで産むなんて」
雪葉の目には現状にかんして怒りがわいてきている。活力をとりもどした雪葉にすこし安心しながらも美波は気になることを訊ねた。
「赤ちゃんは、どうなったの?」
妊娠した娘を家においておくのを嫌がる親なら、生まれた子どもを喜んで引き取るとは思えない。
「養子にでも出したんじゃない?」
興味なさそうに晃子は言う。すでにほとんど雪葉の髪は乾いているようで、それをたしかめて晃子はドライヤーのスイッチを切った。
「……ここだけの話だけれどね」
晃子は悪戯っぽく笑った。
「なによ?」
うながす雪葉に晃子の薄茶の目はおもしろそうにきらめく。
「ここだけの話よ。噂ではね、シスターたちは生まれた赤ん坊を悪魔に捧げているんじゃないかって……。別館では悪魔の儀式が行われているんじゃないかっていう話よ」
「や、やめてよね!」
雪葉が叫ぶように言い、晃子はくすくす笑う。美波は黙って二人を見ていた。
「嘘、嘘、嘘。ま、そういう噂を生徒たちがしていることは事実だけれど、本気で言っている子なんていないわ」
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