「……嫌よぉ……もう、こんな生活、こんな場所耐えられない」

 様子が普通ではない。美波は話題を変えたい気持ちもあって、とにかく気になることを優先しようとした。

「じゃ、とりあえず、お風呂入ろうよ。ね、きれいにしたら気分もすこしは良くなるって」

「いや、いやよ……!」

 毛布に顔をうずめて雪葉は泣きじゃくるが、その毛布にどれだけの涙や汗が染みこんでいるのか想像して、またも美波はぞっとしてきた。

「どうしたの?」

 もてあましていると、いつのまにか扉がかすかに開き、気になって様子を見に来ていたらしい晃子が顔をのぞかせ、雪葉を見て目をまるくした。

「ちょっと待ってて」

 晃子はそれだけ言うと、去っていき、すぐに戻ってきた。

「杉さんに許可取ったから、今からシャワー使っていいって。髪も洗ってもいいって」

 そういうことも許可を取らなければならないのかと内心うんざりしつつも、とにかくこのまま雪葉をほうっておくわけにはいかず、なだめすかして立ちあがらせ、勝手を知っている晃子に先導されるようにして美波たちはシャワー室に向かった。

 シャワー室は一階のはしにあり、寮のものと比べると狭く、ブースもない。そこもやはり薄暗くじめじめとしており、美波はますますうんざりしたが、とにかく脱衣場で雪葉の服を脱がす手伝いをし、晃子とふたりで湯をかけてやる。

 首あたりは窶れてはいても、ふくらみを見せる腹部からは、意識して美波は目を逸らした。

 シャンプーだけそなえつけのものがあるが、リンスらしきものはない。晃子がちゃんと部屋の棚に置いてあった雪葉の私物の籠から櫛や着替えの下着をもってきてくれており、手際よく雪葉のながい髪をていねいに洗ってやる。

 美容師や看護師に向いているのでは、と思えるほどに手際が良く内心美波は感心していた。これほどてきぱきと人の世話を焼ける晃子と、先日聞いた、男の子たちの玩弄物になっていたという晃子自身が語った話の内容がどうしても一致しない。

 晃子が髪を洗ってやっているあいだ、雪葉はひたすら泣きじゃくっている。

「そうそう、そこシャワーかけて」

 晃子に言わるようにシャワーをかけた。飛沫ひまつが美波の服に散るがあまり気にならない。安いものでもシャンプーの香は清々しい。

 湯で洗われていく雪葉の白い背中は薄暗い浴場でも光り輝き、十代の少女の美質をたちまちとりもどし、美波まですっきりした気分だ。

 泣きつづけていた雪葉も、垢が落ちるにしたがって正気を取り戻したようで、温かい湯で洗われた顔は、やつれてはいても生来の美貌をそこなわず、ささやかながらも血の気と生命力に満ちてきたように見える。

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