夕子から聞いたのと同じ話だ。

「なんでそんなこと勝手に決めたのよ」

 美波は電話口で怒鳴りつけてやりたいのをこらえた。

『べつに違反しなきゃそれでいいんじゃない? その代わり費用がかからないんだし』

「え?」

『学費免除で寮の費用もいっさいかからないなんて得じゃない?』

「……お金、払ってないの」

『そうよ。そこ、無料ただでいいっていうから』 

 鞠江のあまりのあっさりした言い方に、美波は沈黙してしまっていた。

「ただ、って……なんで?」

『なんでもその学校の方針とかで、あんたみたいな子を救うのが目的だから、費用はかからないんですって。で、もしよろしければ寄付というかたちでお志だけいただければいい、って言われたの。それでパパが一応五十万振り込んだんだけれど、それでも卒業まで五十万で預かってくれるんだからありがたい話よね』

「ママ、それって、なんか……、」

 美波が言いいかけたところで、電話の向こうでインターホーンが鳴る音が聞こえた。

『あら、友達が来たわ。ごめん、出かけなきゃ。じゃ、またね。あ、しっかり勉強するのよ。頑張ってね』

 とってつけたような最後の言葉のあとで、一方的に電話は切られてしまう。友達というのは男性だろう。

 美波は受話器をにぎりしめたまま呆然としてしまっていた。

「さ、もういいでしょう?」

 シスター・グレイスに声をかけられ、のろのろと受話器をもどしながら、美波は混乱する頭で考えてみた。

「あ、あの……」

「なんですか?」

 何かを問いただしたい気持ちでいっぱいなのだが、美波は何を訊いていいかすらわからず、首を振った。

「い、いえ、なんでもいいです」

 明日から夏期休暇がはじまる。


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