「レイチェルさんは夏はどうするの?」

 同室の貝塚寧々にそう訊かれ、レイチェルは答えた。

「勿論、ここに残るわよ。いろいろすることがあるから」

「そうですか」

 同い年だというのに寧々はていねいな言葉づかいを自分にするが、それは当然だと裕佳子は思っている。

(当たり前よね。私は選ばれたジュニア・シスター、レイチェルなんだから)

 机に向かっていながらも本を読むでも勉強するでもなく、ただぼんやりしながら、そんなことを思う。とりあえず授業内容を書きとったノートなどひろげてみるが、たいして興味もない。自分で書いた字だがひどく悪筆で読みにくい。

 ちらりと自分の横顔を見る寧々の目に、あざけりが光るのを裕佳子は感じていらだつ。

 寧々はプレ・ジュニア・シスターと呼ばれる優待生であり、ジュニア・シスターにつぐ権利を持っているが、寧々がプレになれたのは裕佳子のおかげだ。

 最初に同室になったとき、寧々はあきらかに嫌悪と敵意を裕佳子にむけてきた。

些細なことで喧嘩になることもあり、一度などは寧々に殴られそうになったこともあった。体格的には大柄な寧々にはとてもかなわないが、すぐにシスターに報告に行き、きびしく叱責してもらった。恨みと憎しみのこもったあのときの寧々の目を今でも裕佳子は忘れていない。あのままだったら、やがて陰湿な復讐を受けていたかもしれない。

 だが裕佳子が規則を徹底して守るためシスターに気に入られ、ジュニア・シスターの立場になってからは寧々の態度が変わった。

 仲良くした方が得だと考えたのだろう。寧々はそういう少女だ。自分の利益になるのならいくらでも相手に優しくなれるタイプだ。実際、裕佳子と同室というだけで、おもてむきは本当に仲良く見え、寧々にたいするシスターの覚えもよくなり、寧々はプレに抜擢されたのだ。

 さらにプレになってからは同室のよしみもあって裕佳子がいろいろと生徒を取り締まる方法を教えてやった。最近では寧々も裕佳子につぐ存在として一般生徒から怖れられ一目置かれている。この学院においては二人とも重要人物となっているのだ。二人ともにひどく嫌われているという事実はどちらもあまり自覚していないが。

「寧々も残るでしょう?」

「え? 私は……実家に帰るつもりです」

 寧々はあまり可愛くない顔に精一杯の笑みを浮かべている。

「あら、どうして? こういうときは残って神の教えをともに学ぶべきじゃない?」

 レイチェルの裕佳子は本気でそう思っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る