七
そんなふうに思ったことはなかった。自分の顔を醜い、とまでは思わないものの、夕子は
だが、夕子には奇妙なまでの絶対的な自信があった。
それはいつも夕子のなかでみなぎっている不思議な情熱かもしれない。自我のきらめきなのかもしれない。この年齢の少年少女にはよくあることだが、常に夕子はその胸の底でこう思っていた。
(あたしは、普通の子じゃない。そんじょそこらのお嬢さんや、いい子ちゃんとはちょっと違う)
思春期にありがちな、やや
それがときに生意気、傲慢ととられて周囲の反発を招くこともある――事実、夕子は生意気で傲慢だった――が、今、こうして窮地にあっても、その自我の輝きはいっそう強くきらめいていたようで、そのきらめきに誘発されたのか、夕子を見下ろす学院長の目はますます異常なものを帯びてきた。
「ほう」
学院長は不気味な笑みを白い顔に浮かべた。
部屋の灯りの下、その顔がひどくおぞましく不気味に光る。 「ようく解ったよ。……おまえの可哀想な魂を助けてあげないとねぇ」
身をよじるまえに、空を舞う黒いものが夕子の視界に入った。
つぎの瞬間、夕子は悲鳴をあげていた。
きゃー――!
その声は夜の廊下にもひびいたろう。
悲鳴は一度だけで終わらなかった。
何度も何度も夕子は悲鳴をあげていた。
「いや、いや、いやぁ!」
数秒後、夕子は燃えるように熱くなった顔を両手でおさえて床にうずくまっていた。とめどなく流れる涙にまじって手に赤いどろりとした液体がからまる。鼻血も混じっている。
「ああ……ああ……」
「はははは。どうだい? これでもうおまえは可愛くもなんともないよ。ほうら、よく見てごらん」
壁には鏡がかかっている。学院長は夕子の襟をひっぱり無理やり立たせると、そこへ夕子の顔が向くようにする。
「ほうら」
「うう……」
あふれる鼻血の甘苦い味を舌に感じながら、夕子は長方形の鏡に映る自分のみじめな姿にまた涙をながした。血と涙で顔はどろどろだ。
「うっ、ううっ!」
「おさがり」
野良犬を追いはらうように学院長は言いはなつ。
「さっさと部屋に戻るんだよ。そして、明日からは別館に行くといい」
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