六
「昔、あんたみたいな馬鹿な娘がいたよ。神の教えを無視し、男を誘惑し罪をばらまき、とうとう神の怒りを受けて死んでしまった愚かな娘。この学院にはそういう愚か者がたくさん来るんだよ。そんな娘は死ぬんだよ。本当に死ぬんだからね……」
夕子はちいさく息を飲んだ。
言葉は過激だが、最後のほうは呟くような小声になってきている。それがいっそう怖ろしい。
しかも学院長の目は、夕子を見ているようで見ていない。もはや正気とは思えない。
(狂ってるんだ……)
生まれて初めて本物の狂人をまえにして、夕子は心底怖ろしくなってきた。自分の胸の動悸の音が聞こえそうだ。
「私はね、そういう愚かで堕落しきったあんたたちみたいなのを、一人でも救ってやろうとしているんだよ。それなのに、なんで解らないんだろうねぇ」
もう、救ってくれなくてもいい、という反発の言葉は夕子の口から出ない。
「あんた、パトリックと淫らなことをしたかい?」
夕子は心臓が止まりそうになった。
話を聞いたあと、すっかり落ち込んでしまっていた夕子に、学院の正門前でパトリックが頬にキスしてくれたのだ。多分、慰めるためだろう。
「ひっ!」
いきなり制服の胸あたりをひっぱられて、夕子は悲鳴をあげそうになった。街の不良ならともかく、僧服を着た聖職者、それも初老になろうという女性がすることだろうか。
「お言い! おまえ、パトリックと何をしたんだい?」
「な、何もしてません! ほ、ほっぺたにキスしてくれただけです」
「ふん、それだけかい?」
「そ、それだけです」
全身ががくがくとふるえる。おぞましいことに、学院長の夕子をにらむ憎悪の目には、べつの意味の憎しみがまじっていることに十六の夕子は気づいてしまったのだ。
(いったい、なんなのよ、この人)
怪物をまえにして、夕子は恐怖と嫌悪をかくせいないでいた。
「なんだい、その目は?」
そこで目を伏せるなり、泣きだすなりしていれば、相手も少しはおさまったかもしれない。だが、夕子は目を伏せもせず、涙を流しもせず、そのアーモンド型の目ではっきりと相手を睨み返していた。
「ほう? この上まだそういう態度を取るのかい?」
夕子はひるまなかった。ありったけの敵意と憎悪をこめて学院長を睨みつけていた。
「……おまえ、自分を可愛いと思っているんだろう? そうだろう?」
質問のあまりの意外さが夕子を沈黙させる。
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