「そんな……」

 何か言おうとしたとき、玄関で引き戸が引かれる音がした。

「ごめんください」

 声をかけて入ってきたのは黒いスーツの男だ。

 三人の注視にこたえるように玄関内にずかずかと入ってくる。

「お邪魔します。聖ホワイト・ローズ学院の者ですが」

 硬直して何も言えないでいる夕子に代わって、父があたふたと玄関に向かい、喋りたてた。

「いやー、すいませんね、ご迷惑をおかけして。今、帰るように説得していたんです」

「若いお嬢さんのことです。こういうこともあるでしょう。今回は、許すという学院長のお考えでして。夕子君、さ、帰ろう」

 夕子は一瞬、逃げ出そうとしたが、逃げる場所などなく、母にせっつかれるようにして玄関へ追いやられてしまう。

 すぐ目の前まできて、スーツの男と目が合う。長身で、歳は三十ぐらいだろうか。どこかで見た気がするが思い出せない。

「さ、帰ろうか。外に車を待たせているからね」

 男の浮かべる笑みはひどく空々しく夕子には思える。差しのばされた手を思いっきり振り払ってやりたいが、そうもいかず、背後から両親に追われ、夕子は泣きそうな想いで脱いだばかりのシューズを履くしかなかった。

 一抹の淡い期待をこめて涙目で両親を見るが、両親はともに自分達で送っていく手間がないことを露骨によろこんでいる。

「いやー、ご迷惑をおかけしてすいませんねぇ。こいつも反省してますんで。な、そうだろう、夕子。ほら、ちゃんとお詫びしろ」

 無理やり頭をおさえつけられ下げられ、夕子は目から涙が落ちるのを自覚した。


「まったく、世話を焼かせて」

 黒塗りの車はかなり高級な雰囲気だ。後部座席に夕子を押しこむと、彼は運転手に車を出すように言い、スーツの内ポケットから煙草をとりだす。

「まぁ、最初に見たとき、おまえはいかにもこういうことしでかしそうな顔だな、とは思ったけれどな」

 両親がいる前では見せなかった、そのひどくざっくらばんな口調と態度に夕子は目を見張ったが、それよりも相手の言葉が気になった。

「最初って?」

「覚えていないか? おまえが学院に来た最初のときだよ。あのときの〝門番〟だ」

 思い出した。あの門のところで会った守衛だ。帽子のせいで顔がよく見えなかったが、この声には聞き覚えがある。

 あらためてよく見ると、男にしてはほっそりとした顔に鋭い目つきで、印象的な顔だちだ。ちゃんと顔を見ていたら忘れなかっただろう。

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