いつものように学院長の挨拶があり、祈りをささげ、食事に入る。

 やはり朝食が一番おいしい。味気ないロールパンと薄いスープと茹で卵だけという質素な食事でも、他に食べるものがないとありがたくなるものだ。

 向かい斜めの席の坂上真保は、今日もパンを他の生徒にわたしていたが、それでも茹で卵だけは嫌々ながらもテーブルにある塩を振って口に入れているので、美波はひとごとながら安心した。たしか卵はとても身体に良く、それひとつでも栄養を充分とれるものだと聞いたことがある。

 食事を終えた生徒がつぎつぎと席をたち、左側に座っていた夕子もさっさと去っていくと、ちょうど右側に座っていた晃子が小声で囁いた。

「ねぇ、あの子は、あれからどうしたの?」

 雪葉のことだ。昨夜の騒動を聞いているのだろう。目は興味津々だ。

「……髪を切られちゃったわよ」

「……今日は……どうしているの?」

「具合が悪くなって舎監室に行って。それからまだ見てないの」

 晃子の薄茶の眉がぴくりと動く。

「あの子って、109号室でしょう?」

 晃子の口調には妙なニュアンスがこめられていた。

「そうだけれど」

「……やっぱり……」

 美波は気をひかれて訊ねずにいられなかった。

「やっぱり、って、なにが?」

 晃子はきょろきょろと周囲を見渡すと、聞こえる範囲に生徒がいないのを確認して、小声で囁く。

「109号室には変な噂があるのよ」

「なによ、それ?」

「109号室に入った生徒は呪われるのよ」

 学校の怪談のようなものか。小学校時代、音楽室にベートベンの肖像画があり、その目が睨んでくる、という話を聞いたことがある。どこの学校にもさがせば一つや二つはその手の話があるものだ。あまり本気にしていない美波にれたように晃子は小声で言いつのってきた。 

「以前、109号室に入った生徒が自殺したんだって」

「え、嘘?」

 自殺、という生々しい言葉のひびきに、さすがに美波は血の気がひいた。

「そ、それって、まさか、109号室で死んだの?」

 一階だから飛びおりて死ぬわけもないが、それなら首を吊ったのだろうか。

「ううん、死んだのは別の場所」

 少し気が抜けた。昨日足を踏み入れた場所で人が死んでいたのだと思うとぞっとしたろう。だが、あの部屋で過ごした生徒が不幸な死に方をしたのだと思うとやはり気味悪い。

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