七
美波の母はコーヒー好きで、実家では毎朝コーヒーメーカーから淹れたてのコーヒーの香がただよっていた。コーヒー自体はそれほど好きではない美波だったが、あの独特の香が今はなつかしい。
塩を振っただけの茹で卵を食べ、これも塩味しかしないスープを飲む。食べ終えてしまうと、食欲がないと思っていたのが嘘のように物足りなくなってきた。
思えば朝五時に起きてすでに二時間たっているのだ。その二時間のあいだ、身体を動かしていたのだから、トイレ掃除で
夕子もどこか物欲しげな目になっている。食べ物を胃に入れると、さらに胃が消化するものを欲するのだ。
ふと前の生徒を見ると、彼女はこういう状況に慣れていたせいか、ひどくゆっくりと食べている。まだロールパンを食べているのだ。
彼女は美波の視線に気づいたようで、小声で囁いた。
「何回も噛んで食べるともつのよ」
またなかには、ひどく小食の生徒もおり、パン一個で充分らしく、あまった茹で卵は他の生徒にあげている。当たり前のように渡す仕草から、彼女たちの間ではいつものことのようだ。卵をもらった少女は嬉しそうな顔で、隣の生徒は羨ましそうにそれを見ている。
デザートもなく、物足りない気持ちをかかえながら朝食を終えると、つぎは南側にある校舎に行くことになるが、四十分ほどは余裕があり、わずかながらこの時間は息抜きができる。
この時間に朝食後のトイレに行く生徒も多いが、それもまた順番待ちかと思うと美波はぞっとした。家族でも気を使うものなのに、この先ずっとこういったことで神経を使うのかと思うと、集団生活というのはつくづくしんどいものだと実感せずにいられない。
それでも周囲のくつろいだ気分にわずかながら心をほぐされた気分で、美波は部屋にもどろうとした。食堂から美波たちの部屋までは廊下を歩いて五分ほどなので楽だ。それまでに廊下の自動販売機にジュースかコーヒーがないか探してみたが、あるのはすべてミネラルウォーターのみでがっかりした。
「なんか、徹底してるね」
思っていたことは夕子もおなじらしく、溜息まじりにそんなことを言う。
いったん寮の部屋にもどってベッドに腰をおろしてくつろいだ二人だが、さすがに今日が授業の初日だと思うとまた緊張してくる。
「教科書はぜんぶ教室に備えてあるらしいから……筆記用具とノートは持っていくと」
教科書を渡されないと聞いたときは驚いた美波だが、海外ではそういう学校もあるらしく、この学院もそのやり方を通しているようだ。部屋の棚には、そなえつけの国語辞典と英語辞書、そして高校二年の英、数、国の参考書が三冊だけおいてある。二人でそれを使えというように。美波はそのうち一番苦手な数学の参考書を手にとりまた溜息をついた。
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