つくづくうんざりしたというふうに夕子はなげくが、それでも我慢して列に並んだ。すると、当然のごとく一人の生徒が先に並んでいた生徒を尻目に順番を抜かし、空いたばかりのトイレに入る。

「あれ、昨日の、あの寧々とかいう奴じゃん」

 夕子が忌々いまいましげに彼女の入ったトイレのドアを睨んでいる。美波もつい恨めしげな気持ちになってしまった。こういうときも常にジュニア・シスターやプレと呼ばれる彼女たちは優先されるのだ。

 美波のもといた学校でもたしかに下級生上級生の差はあったし――ない学校はないだろう――、同学年であっても強い生徒や弱い生徒のあいだで生じる確執があり、ちいさないじめもあった。スクール・カーストはどこにでもある。だが、ここまで明確に生徒間での〝差〟というものを見せつけられると、なんともやりきれない。

(他の生徒たちは何とも思っていないのかしら?)

 すくなくとも晃子は諦めて納得してしまっているようだ。

 ここにいるとそうなってしまうのかもしれない。

 くすぶる憤懣ふんまんをおさえながらも美波は用を済ませて部屋にもどり、着替えをすませる。

 昨夜、シスター・アグネスに言われたようにポケットにはとりあえずカードを一枚入れ、他のものは机の引き出しにしまうと、そのときちょうど壁のスピーカーから聞き慣れない音楽が流れてきた。一瞬、クラシック音楽かと思ったが、どうやら讃美歌のようだ。その音楽がかかったのとほぼ同時にドアをノックする音がひびく。

「はい」

 ドアを開けると、白いエプロンをした太った制服姿の生徒が立っており、低い声で訊いてきた。

「洗濯物ありますか?」

「あ、はい」

 美波はあらかじめ用意しておいた〝洗濯ぶくろ〟を彼女にわたす。見ると、ワゴンには生徒たちが出した袋がいっぱいつまっており、その白い網袋の山を見ると、美波は背がぞわりとした。

「あの……それって、誰が洗ってくれるの?」

 言われた言葉に相手はきょとんとした顔になる。

 その目はどこか疲れているようで、十代の少女にしてはひどく生気がないものに思える。

「私たちだけど」

 洗濯も生徒たちで分担しているらしい。

 それならいっそ自分の分は自分で洗濯するようにしてくれれば気が楽なのだが。いろいろ思いつつもまだ戻ってこない夕子の分も入れる。

 ワゴンを押して去っていく生徒の後ろすがたを見ながら、ふと気になったのは、彼女が、ちょうど昨日の午後、中庭のベンチに座っていた三人のひとりだと気づいたせいだ。

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