「それ以上取られたらどうなるの?」

 そっちが気になって美波はたずねていた。

「八枚取られたら奉仕作業。十枚取られたら、特別室のある別館行きよ。で、そこで特別奉仕という仕事をさせられるの。そうなったら夏休みもなくなっちゃうわよ」

 話の内容もさることながら、さらに気になるのは夏季休暇がないということだ。

「わ、わたしたちは今からもう夏休みは帰れないって決まっているらしいのよ」

 晃子は一瞬、怪訝そうな顔をした。

「……私がここへ来てからも、休暇に帰れないって決まっていた生徒がいたけど……。噂では、そういうのは特例っていうのか、事情がある生徒よ」

 目をぱちぱちさせながら晃子は困ったように薄茶色の眉をひそめる。その下の瞳もおなじくあわい茶色で、首をかすかにかしげる様子は人形のように可愛いらしい

「あの……あなたたち、何か事情があるの?」

 とまどいながら訊く晃子に夕子が怒ったように言う。

「べつにないけど」

「多分……わたしたち来た時期が中途半端だからじゃない?」 

 美波の言葉に晃子はほっとしたような顔になった。うまい説明を見つけてやることができ安堵しているのだ。

「あ、そうかも。夏休みに入るまでもうすぐだものね。とにかく気をつけて。廊下では私語厳禁よ。それと、他の生徒の部屋へ行くのも駄目よ」

「え? そうなの?」

 晃子とはもう少し話したいし親しくなれそうだが、彼女の部屋に行くのも駄目だという。

 ドラマなどで見る寮生活ではよく友人同士誰かの部屋にあつまってお菓子を食べながらお喋りする場面があるが、そういうこともこの学院ではいっさいないらしい。

「十時過ぎには外出も禁止よ。廊下も歩いては駄目よ」

「十時過ぎてトイレに行きたくなったらどうすんの?」 と夕子が訊くと、

「こっそり行く子もいるけれど、見つかったら注意されるわね。カードを用意しておいてね。見つかったとき出すカードがなければ、さらに厳しく罰せられるから」

 これには二人とも仰天した。

「そ、そんなことまで駄目なの?」

「いくらなんでもひど過ぎじゃん!」

「だから、寝る前にはなるべく水分を取らないようにしているのよ」

 晃子は苦笑いしたが、その笑いにはどこか痛々しいものがある。

「こ、こんなの人間の生活じゃないじゃん!」

 怒る夕子を見る晃子の目にはどこか柔らかいものがある。

 一足さきに成長、というか老成した者が持つことのできる智恵の光かもしれないが、そこにやどるのは諦観ていかんだ。

「仕方なわいよ。卒業するまでの辛抱よ。それにもうすぐ夏休みだし」

 と言ってから、その夏休みを得られない二人に悪いと思ったのか、また困ったように眉を寄せ苦笑いする。

「じゃ、行くね。宿題しないと。あ、宿題忘れたらそれも罰になるから気をつけて」

 幸い、まだ今日は宿題がない。

 晃子が去っていったあとの物置の薄暗がりのなかで二人は同時に溜息をついた。

「なんか、本当にとんでもない所に来ちゃったわね……」

 疲れたように言う美波に、夕子は低くつぶやいた。

「絶対、辞める。……逃げてやる」

 入ったばかりだから、もう少し我慢しなさいよ、とは美波はもう言えないでいた。


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