夕子の呆れた声を聞きながら、美波は無言で、返す言葉もなくひたすら呆然としていた。

 そんな二人を尻目に、機械のスイッチが切りかわったように裕佳子は前方に向き変えり、すたすたと歩いていく。

「ちょ、ちょっと、」 

あわてて夕子が追いかけ、美波もつづくが、頭のなかは言われた言葉でいっぱいだった。

 汚れた人生。

 美波は涙がこぼれないようにするので精一杯だった。


 通された一階の北端にある部屋は六畳ほどで、ベッドが左右壁際に二つあり、おなじく簡素なつくりの勉強机が二つ並んでいる。机の上にはちいさな窓があり、そこからかすかに光が入ってくるが、どことなく暗い感じがする。

「ちょー、もっと日当たりのいい部屋ないの?」

 夕子の問いにまた裕佳子は冷静に答える。

「ここで過ごすのは一月ほどになります。もうすぐ一学期が終わりですので、それまでの仮部屋となります」

「あ、そうだ、もう一月したら夏休みじゃん」

 夕子が救われたような顔になり、右側のベッドのうえにバスケットを下ろす。

「ですが、あたな方は学院で過ごすことになります。おそらく」

「なによ、それ!」

 目をむく夕子にむかって裕佳子は淡々と説明する。

「入って間がないので、環境に慣れるためにも夏期休暇もここで過ごすことが望ましいという学院長のお考えです。この点に関してはご両親も了解ずみ……、というか、ご両親の要望だと聞いています」

 夕子の小麦色の頬がどす黒くなる。美波はひたすら黙っていた。

「冗談じゃないよ、こんなところでどうやって二ヶ月ちかくも過ごせっていうんだよ!」

 ますます夕子は口悪くなり、怒りに燃える表情は物語に出てくる邪悪な妖精のようだ。

「奉仕作業、調理実習、予習、することはたくさんあります。シスターたちも半数は居残りますし、他にも寮にのこる生徒もいます。私もいます」

 なんの慰めにもならない言葉を裕佳子はしごくまじめに伝える。

「荷物を置いたら、これから寮内を案内します」

「ねぇ!」 夕子がいらいらした口調で怒鳴るように言った。

「なんですか?」

「あんた、その妙な喋り方、なんとかならないの? いくらお偉いジュニア・シスターとかでも、おなじ高校生でしょう? もうちょっと普通に話せない?」

 眼鏡のせいか、一瞬、裕佳子の瞳から色がせたように見えた。

「……これが、私の話し方なので。再度言いますが、私と話すときはあなたもきちんとした話し方をしてください」

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