ルールのルール

大月クマ

とある日の爆撃任務

 爆撃のローテンションは昼はアメリカ陸軍航空隊、夜はイギリス空軍の担当ルールだった。

 今日も変わらず、昼間の爆撃はアメリカ軍が担当していた。

 グレートブリテン島の南の基地から飛び立った巨鳥の群れは、フランスを飛び越え、ドイツへ侵入する。

 巨鳥の名は、B-17 〝空飛ぶ要塞フライングフォートレス

 それが百数機……。

 目的地はルール地方。その工業地帯への爆撃が今日の任務だ。

 ルール工業地帯は、ドイツ軍の生命線と言っていい。

 こちらも相当な覚悟が必要だ。

 強力な高角砲に、レーダーによる早期警戒システム。そこから的確に指示される迎撃機も強力だ。だが、この点に関しては、先任達の知恵と新型機で対応してきた。

 高角砲の位置は、早々変えられるモノではない。場所を特定できれば、そこを迂回すればいい。

 迎撃機に関しては、当初は防御専門の機銃を増設した機体を投入していた。だが、無理矢理機銃を増設した災いからか、速度に問題があり役には立たなかった。

 今は密集して飛ぶ、コンバットボックスという戦法を編み出した。密集して飛ぶことにより、お互いの機銃で、お互いを守り合うというモノだ。

 そして、P-40〝ウォーホーク 〟に変わる新型の戦闘機P-51〝マスタング〟

 当初、アリソン・エンジン社製のエンジンでは平凡な性能だった機体が、イギリスのロールス・ロイス社が開発したマーリンエンジンを搭載した後は性能が大幅に向上した。

 恐らくこの大戦中で、最も性能のよい戦闘機と言っていいだろう。

 そんな機体が護衛機として先導エスコートしてくれる。

 まさに鉄壁の守りだ。

 〝ルール〟はこちらにある。


 空を埋め尽くさんばかりの巨鳥は、予定のコースへ入った。

 目標の手前だが、迎撃機が来るとしたらそろそろだろう。


『エスコート1より、各機へ。左前方より敵機接近。迎撃に入る』


 前方を飛ぶ護衛機からの情報だ。

 すぐさま、一群の戦闘機が、増槽ドロップタンクを切り離し目標に向かって襲いかかった。

 恐らくフォッケウルフのFw 190か? メッサーシュミットのBf 109か?

 どちらにしてもP-51〝マスタング〟の敵では無くなってきている。


『バスケット1より、各バスケットへ。指定の高度を維持せよ』


 爆撃の合図は、〝卵をばらまけ〟だ。

 各機、腹には合計6トン弱の爆弾を抱えている。


 ――下から見上げたらどうなっているか?


 恐らく巨鳥の群れは、空を覆い尽くす黒い塊に見えるだろう。

 今回の任務は精密爆撃ではない。

 戦争を早く終わらせるためだ。市民には申し訳ないが、無差別爆撃となる。


『エスコート5より、各機へ。左後方より敵機接近。迎撃に入る』


 我々に近づくことは出来ない。

 すでに〝ルール〟はこちらにある。


『バスケット1より、各バスケットへ。まもなく目標上空』


 この任務を終えたら、故郷に戻るモノも、恋人と結婚するモノも大勢いる。

 後は腹の爆弾庫の扉を開けて、〝卵〟をばらまいて終了だ。


『こちらエスコート4! 何だッあれは!』


 右前方上空に何かがきらめいた。

 ごま粒のようなモノが、見る見る大きくなっていく。

 エスコート4……P-51〝マスタング〟の一群が、それに向かうが〝それら〟は完全に無視して、一直線に我々の方に突っ込んできた。

 見たことない敵機だ。

 機首の4門の機銃が唸った。見ただけでデカい事が分かる。


 ――20mmか? いや、30mmはある!


 巨鳥の一角が……いや、ど真ん中が狙われた。


 ――側面から崩すのがセオリーでは、無いのか!

 こちらの防御機銃が集中する、ど真ん中を狙ってくるなんて!


 中心部に近いモノは、防御機銃がさらに密集するので、守りが堅くルーキーが多い。

 数機が食われた。

 敵機は抜け落ちた巨鳥の群れのど真ん中を、滑り抜けていく。


 ――速すぎる!


 見たことのない葉巻型の胴体。後退した主翼。だが、奴らにはプロペラが無かった!


『バスケット1より、各バスケットへ! 編隊を密にせよ。繰り返す……』


 指揮官は焦っているようだ。

 未知の敵機への対応方法を探っているのだろう。

 そして、爆撃のために各機の距離を開けていたが、密集してコンバットボックス戦術で対応することを決めた。

 未知の敵機は踵を返して下から突き上げて……来ない。

 普通だったら、すぐに上がってくるはずだ。だが、我々に見せつけた驚愕のスピードのために、上昇するのにモタついているようだ。


 ――使い慣れていないのか?


 あちらは新型機の扱いが慣れていないようだ。

 しかし、安堵している暇はない。

 機体を上昇に転じると、一気に駆け上がり始める。


 ――反撃が間に合わない!


 我々の密集した機銃掃射をすり抜けて、再び食らいついてきた。

 またしても、中央ど真ん中を貫いていく。


 ――〝ルール〟が変わったというのか?


 再びルーキーが多い機体達ばかりが脱落した。

 護衛のP-51〝マスタング〟が、ヤケになって追いかけているのがわかる。だが、未知の敵機は軽々と振り切った。


『バスケット1より、各バスケットへ! 〝卵をばらまけ〟繰り返す……』


 ――未知の敵機に対応を諦めたのか?


 いや、目標のルール工業地地帯の上空だ。

 それに〝卵〟をばらまけば、その分軽くなる。

 新型機を投入しようが、悪いがルールの変更は無しだ。

 我々の任務は完了だ。

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ルールのルール 大月クマ @smurakam1978

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