【書籍化記念SS】魔獣密猟取締官になったんだけど、保護した魔獣に喰われそうです。
飛野猶/DRAGON NOVELS
お菓子大作戦
週一回の休息日。
朝ご飯のパンをモソモソ食べながら、
(今日は天気がいいから、普段寝起きしている納屋の掃除しようかなぁ)
なんて、タケトはぼんやりと考えていた。
中の干し草も取っ替えたいなぁ、どこで手に入るんだろう、なんてつらつら思い巡らせていたら、向かいに座るシャンテがキュッと眉を寄せてこちらを見ていることに気付く。
まずい。あれは、怒った顔だ。
「……どうしたの?」
おそるおそる聞いてみる。シャンテは眉を寄せたまま、ぷうっと頬をむくれさせた。
「タケト。私の話、全然聞いてないんだもん」
「ごめん。ぼんやりしてた。何の話だっけ?」
「今日、マリーさんのおうちに、呼ばれてるの。クッキー焼きに来ないか、って。タケトもくる? って聞いたんだけど」
ああ、思い出した。クッキーを焼きに行く。クッキー焼くと良い匂いするよね。そういえば、干し草も換えたばっかのときは良い匂いするけど最近納屋の干し草換えてないな。掃除するか……って考えが勝手に飛んでしまっていて、シャンテの話の続きを聞いてなかった。そりゃ怒られるわ。どうやら、一緒に行かないかと誘われていたようだ。
そんなわけで、朝ご飯のあと、早速市場へとでかけることになった。
休息日の朝だというのに、市場は沢山の人で賑わっている。
タケトは別に買いたいものもないのだが、「タケト! 見てみて! このパン美味しそう!」とか「わぁ。このお花、きれい。お部屋に飾ったら良い香りいっぱいになるんだろうなぁ。あ、でもこっちのお花も可愛い。むぅ、どっちがいいかな」なんて、あちこちの店を覗いてははしゃいでいるシャンテを見ていると、なんだかこちらまで浮き立つような気持ちになってくる。
買い物に夢中で目をキラキラさせた横顔が可愛いなぁなんて思って、つい目が露天よりも彼女に向いてしまう。普段はあまりじろじろ見るわけにもいかないけど、こんなときくらいいいよね。
でも、たぶん今日の買い物の目的はパンでも花でもないはず。
「シャンテ。もう、小麦とハチミツとナッツも買ったし。あと、何買ってくんだっけ?」
花屋の軒先で真剣に選んでいたシャンテは、ハッと本来の目的を思い出して店主に謝ると花屋を後にした。
「えっとね。あとは、果物! クッキーでお茶するときに、果物もあった方がいいわよね、ってマリーさん言ってたから」
果物屋には、沢山の果物が山盛りになっていた。柑橘類に、小さなリンゴ。黒っぽい色のサクランボ。真っ赤なベリー。ほかにも色々ある。
「うわー、迷っちゃうね」
シャンテはベリーが好きなようで、赤やらピンクやら紺やらの大小様々なベリーが山になっている前でどれを買おうか迷っていた。
「お嬢ちゃん。どうだい。味見してみるかい?」
「いいんですかっ!?」
「ほら、コレとコレなんかどうだ」
ベリーを試食させてもらって、シャンテはどれも美味しい~とニコニコだ。
そんなやりとりを微笑ましく見ていたタケトだったが、ふと視線をやったオレンジの山で、今、何か動いた気がした。
(え……なんだ?)
注意して見ていると、オレンジが一つ。そーっとそーっと音を立てないように、静かに移動している。しかも、そのオレンジには二本の足が生えていた。
(……オレンジが一人でに歩いてる……)
そんなことあるはずない。よくよく観察すると、オレンジの裏にはすっぽり隠れてしまうくらいの小さな人間がいたのだ。身長十センチくらい。小さな木靴を履いた、ちっちゃなおっさん。そいつが、そっとオレンジをどこかに持っていこうとしていた。
タケトはその小人に気付かれないようにソロソロと近づくと、そのオレンジをパッと掴んで持ち上げてみた。
すると、小人が消える。いや、持ち上げたオレンジにしがみついていた。
小人は「ぎゃっ」と小さな声を出すと、果物屋のテントの柱にパッと飛びついた。そのまま、タッタッタッと柱を駆け上っていく。タケトはそれをずっと目で追った。
「タケト……どうしたの?」
シャンテに聞かれ、タケトは何も言わずに天井を逆さまになって走っている小人を指さすと、彼女も気付いたようだ。良かった、あれ、自分だけに見えてるわけじゃないんだ。幻覚だったらどうしようと少し心配だったんだ、と妙なことにホッとしていたら、小人は天井を覆う布の穴から、するっと外に出て行ってしまった。
「追いかけてみよう」
タケトとシャンテは、果物屋でみつけた小人を追いかけた。
小人は市場をすり抜け、橋を渡り、路地をどんどんと奥まで入っていく。そして着いた先は、貧しい人たちが住む一角にある小さな古い家だった。
小人は、その家の開いた窓から中に入ろうと窓枠に飛びついた。その寸前にタケトは小人の襟首をパッと指でつまんで捕まえる。
「なにすんだよ! 離せ! 離せ!」
小人は足をバタバタさせて暴れたが、タケトは小人を摘まんだままシャンテのところに戻った。
「捕まえた」
「小鳥捕まえるみたいに、勝手に捕獲してきちゃったら悪いんじゃないかな……」
手の平に乗せてやると、小人は腕を組んで胡座をかくと、ぷいっと横をむいた。
「俺様になんのようだ。人間」
「いや……なんでそんな偉そうなんだよ。お前、さっきあっちの店でオレンジ盗もうとしてただろう」
とタケト。
「お店のもの、勝手に持って行っちゃだめなのよ?」
シャンテもタケトの手のひらの上にいる小人に、屈んで目線を合わせながら言う。
小人はしばらくムスッとしていたが、観念したのか事情を話し出した。
なんでもこの小人はあの家に古くから住んでいる家小人の一種で、ペテナスというものらしい。昔は家に住む神として有難く祭られていたこともあったが、最近は存在自体を忘れられがちではあるそうだ。
「あの家には、仕事を求めて南方から越してきた貧しい一家が住んでいるのさ。まだ子どもたちも小さくてな」
その子たちが、市場に行くたびに果物屋の軒先に並ぶオレンジを懐かしそうに眺めていることをペテナスは知っていた。なんでも、彼らの故郷はオレンジが沢山自生しているらしく、地元にいたころはよく庭になっているものを食べていたそうなのだ。
しかし、王都の周りに柑橘類は自生していない。土壌や気候の関係で育たないのだろう。オレンジなどの柑橘類は遠方から運んでくるため、ほかの果物と比べて高価なのだ。
「一口な。食べさせてやりたかったのさ」
そう、ペテナスはしゅんとして呟いた。
とりあえず、盗みはするなとだけ言い含めて、ペテナスを解放してやることにする。ペテナスはピョンとタケトの手の上から地面へ飛び降りると、タタっとあの家の方へ走っていきスルスルと壁を登って姿が見えなくなった。
場所は変わって、付与師のマリーの屋敷。
屋敷は郊外にあるため、フェンリルのウルに乗って行く。
フェンリルは森の守護者としてしられる魔獣で、巨大な黒い狼犬のような姿をしている。
車寄せでウルには休んでおいてもらって正面玄関に向かうと、執事が恭しく扉をあけてくれた。
いつ来ても、その屋敷の立派さに圧倒されてしまう。そこは王宮をスケールダウンさせたような五階建ての立派なお屋敷だった。マリーの夫は近衛騎士団長という、バリバリのエリート貴族だ。そんな高級貴族の彼女が、なぜ魔獣密猟取締官事務所で掃除とかしてるのかは、いまだによくわからない。
「ようこそ、いらっしゃいました」
マリーは、いつもの優しい笑顔で出迎えてくれた。淡いピンクのワンピースに、レースのたっぷりついた真っ白いエプロンがとてもよく似合っている。
「あ、マリーさん。今日はよろしくおねがいします。そうだ。いろいろ買ってきちゃったんですが」
ぺこっと頭をさげたあと、シャンテはウルの背から降ろした買い物かごをマリーに見せた。
「あら。美味しそうな果物。ふふふ。ごめんなさいね。買い物までさせちゃって。あとでお代の方は執事から渡しますから」
早速キッチンへと案内されて、マリーの指導の下、クッキー作りが始まった。
キッチンといってもシャンテの家のものとは比べものにならないほど広くて、業務用の大きなオーブンに、広い作業テーブルもある。厨房といった方が良さそうな場所だった。
クッキーの作り方は、至ってシンプル。
粉を振るって、材料を混ぜて、コネコネすると生地のできあがり。
プレーンの生地に、ドライフルーツやナッツを混ぜ込んだ生地、スライスしたリンゴを混ぜた生地。どれも焼いたら美味しそう。
シャンテは手を小麦粉まみれにしながら、小さく切りとった生地を手で丸めていた。円の形だけでなく、星形やハート型も。そのうち、丸めたものを繋げて四つ足の生き物らしき形もつくりだす。
隣で生地をコネながらその様子を眺めていたタケトは、
(あれ、知ってる。きっと、ウルだ。四本足があるから、ウルだ)
と確信していた。
しかし当のシャンテは、
「うん。上手にヒポグリフつくれた」
と、満足げに頷いた。
(言わなくて良かった! あれ、ヒポグリフだった! とても、そうは見えないけど!)
タケトは内心ほっと胸をなで下ろす。余計なこと言わなくて、本当に良かった。
さて、自分も何かの形に作ろうかなぁ。何にしようかなと考えて、ふとある考えが浮かぶ。
「そうだ。あれ作ってみよう」
すぐに生地を麺棒で平たくのばすと、長方形や歪な五角形に切り始めた。
それを横から眺め込んで、マリーとシャンテは不思議そうな顔をしている。
「タケト。これ、何作ってるの?」
「えーっと、できてからのお楽しみ。上手くできるか、わからないけど」
生地をオーブンに入れて、あとは焼けるまで待つだけ。シャンテが買ってきた果物をお茶請けにしてマリーが淹れてくれたお茶を飲みながらしばらくお喋りしていたら、オーブンからとても美味しそうな香りが漂いだした。
「さあ。できましたよ」
ミトンを嵌めたマリーが、薄い鉄板にのったクッキーをオーブンから引っ張り出す。
ペタッとしていた生地が一転、ふっくらと香ばしく焼き上がっていた。
「わぁ、美味しそう!」
シャンテが歓声を上げる。
「でも、タケトのそれ。結局なんだったの?」
タケトが作った四角いクッキーは、四角いままこんがりと焼き上がっていた。
「えへへ。ちょっと待って。マリーさん。砂糖と、さっきクッキー作るときに残った卵白を少しもらってもいいですか?」
「ええ、いいわよ」
タケトはそれらをボールに混ぜ合わせた。そして、そのドロドロとしたものを四角いクッキーの辺に塗ると、クッキー同士をくっつける。少しバランスが難しいけれど、うまくくっつけると……。
「うわぁ。すごい!!! クッキーのおうちだ!!!!」
「まぁ。こんなクッキー、みたことないわ」
できあがったものを見て、シャンテとマリーが口々に言う。
タケトがつくったものは、クッキーでできた小さな家だった。
「えへへ。子どもの頃、学童保育のクリスマス会で作ったことがあったんだ」
あのときは、作ったあとに誰がどこを食べるかで揉めて、結局じゃんけんになったんだよな。小さなドアの部分しか貰えなくてがっかりしたっけ、なんて昔のことを思い出す。でも、そのときの経験がこんな風に活かされるなんて思いもしなかった。
残りのドロドロで屋根に模様も描いてみる。アイシングってやつだ。そうやって飾ると、まるで雪の中に建つ山小屋のようなメルヘンチックなクッキーの家ができあがった。
その日の夕方。
あのペテナスのいる家の前で、タケトは口笛を吹く。少し待っているとペテナスが屋根の上から現れて、壁をたたっと走って降りてきた。
「よう。また会ったな。これ、やるよ。お前んとこの家の子たちにあげて」
え? という顔のペテナスに、手に持っていたカゴをつきつける。
中にはオレンジが数個と、タケトが作った家の形のクッキー。それにシャンテがつくったクッキーや、マリーさんがくれたキャンディなどがぎっしり入っていた。
「い、いいのか!?」
「その代わり、もう盗みとかすんなよ?」
ペテナスはカゴを頭にのせて、うんうんと頷く。
翌日の朝。その家の子どもたちは、テーブルの上にいつの間にか置かれていたクッキーと果物のプレゼントに大喜びした。
家の旦那さんは「いったい誰が置いたのか」と不思議がる。しかし、その家型のクッキーの横には小さな人の形をしたクッキーもついていて、それを見た奥さんは「きっと、家小人がくれたのよ」と微笑んだ。
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