バイトの張り紙
洗井落雲
1.
電柱の張り紙。今はめっきりなくなってしまったが、つい先日、働き手を募集する、一枚の張り紙を見かけた。
おや、珍しいな、とつい見てしまう。
こういった張り紙は、まぁ、いろいろと怪しい事が書いてあるのである。
『従業員募集中!』
『社員寮あり』
『アットホームな職場です』
なるほど、よくある売り文句が踊っている。よくありすぎて、逆にこういうことが書いてある募集はあやしい気すらするものだ。
『あなたの適性に合った仕事を割り振ります』
『いろいろな人が働いています』
『ただし、以下の事項に適合する方を募集します』
こういった条件は、ままあるものだ。例えば、何らかの資格が必須、とか。となると、これは結構、専門的な仕事なのだろうか。そんな専門的な仕事の募集に、電柱の張り紙を使うというのも、なんだか怪しさが増すというものだ。
『仕事内容を口外しない』
これは、まぁ、当然だろう。守秘義務というやつである。わざわざ書くものでもない気もするが。
『普通自動車免許(AT限定除く)』
これもよくある。AT限定除く、という事は、トラックでも運転させられるのだろうか?
『この張り紙を見ている』
『身長が170cmである』
『体重は63kgである』
『男性』
『利き手は右』
……急におかしくなった。なんだろう、この条件は。条件を特定しすぎじゃないだろうか。張り紙を見て募集した、男性、ならともかく、身長と体重? 利き手まで?
なんだか変な人材募集だ。まぁ、まっとうな人材募集なら、それなりの所へ掲示するだろうから、電柱に貼り付けている時点で、怪しいのは間違いないのだが。
『瞳の色は黒』
『髪は染めていない』
『コンタクトレンズ装着』
『裸眼視力は0.09』
視力? 髪の色はともかく、コンタクトレンズの装着を義務付けられるって、どういう状況なんだ?
なんだかだんだんと気持ち悪くなってきた。これはその、やべー奴が書いたチラシなんじゃないだろうか。
だがどうにも、続きが気になる。なぜだか、目が離せない。
『きょうだいはいない』
『両親とは死に別れている』
『生まれは××県●●町』
とうとう、かなり踏み込んだところまで条件に設定し始めた。こんなの、特定しすぎて、とてもじゃないが応募者が現れるとは……ちょっと待て。
『現在の住居は東京都◇◇』
まて、ちょっと、待ってくれ。
『小学五年の時に、木から落ちた傷が背中にある』
『右目の下に泣きボクロ』
『虫歯の治療跡は無し。親知らずまですべて生えそろている』
吐き気のようなものがこみあげてくる。これはたぶん、恐怖だ。目を離したいのだが、どうしてだろう、それができない。続きを読み続けなくてはいけない気がする。
『愛用のスマートフォンは▽▽社の□□。キャリアは◎社。契約13年目』
『▲▲に勤め、勤続6年目』
『恋人の名前は鈴村涼子』
やめろ。
『今日の服装は』
やめろ!
『名前は、沢村大地』
それは、俺じゃないか!
『みーつけた』
「みーつけた」
背後から、張り紙に書かれた文字とまったく同じ言葉が、かけられた。
――後には何もなく、電柱に貼り付けられた白紙ははがれて、風に吹き飛ばされてどこかへ消えた。
バイトの張り紙 洗井落雲 @arai_raccoon
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