聖剣使いのルール
青桐
第1話
「残念ですが、あなたは聖剣に選ばれました」
玄関のドアを開けると、銀色の鎧を着た美女が、嫌そうな顔で言い放った。
「残念?」
「間違えました。
素晴らしいことに、あなたは聖剣の所有者に選ばれました。
実に20年ぶりです。
聖剣を受け取り次第、決められたルールに従っていただきたく存じます。
こちら、そのルールになっておりますので、読み合わせを始めましょう」
美女は一枚の紙を俺に差し出してきた。
「あの、失礼ですがあなたは?
家にお金はありませんよ」
身なりはかなり立派に見えるが、知らない美女だ。
長い金髪が美しく、その金髪以上に、顔が綺麗だけど、『綺麗な女性には気をつけろ』と死んだ爺ちゃんが言っていた。
『向こうから近づいてくる美女は、田舎者から金を巻き上げようとしている』と。
なんかあったんだろうか?
今はもう聞けないのがもどかしい。
「お金?
……申し遅れました。
私は、王宮所属の上位騎士のジェシーと申します。
陛下の勅命であなたをお迎えにあがりました」
迎え?
まさか、人身売買というやつだろうか。
俺が黙っていると、ジェシーが腰につけた袋から紋章を取り出して見せてきた。
いや、紋章を見せられてもよくわからない。
けどまあ、いいや。
とりあえず話を合わせてみる。
話が進まないし、もし本物の騎士様だったらまずいから。
一応、丁寧に扱おう。
「これはこれは、こんな辺鄙な所へわざわざお疲れ様でございます。
それでどのようなご用件でしょうか」
腰を屈め、揉み手で迎え入れると、ジェシーは面を食らったような表情を見せた。
しかし、それをすぐに消し、話し始める。
「聖剣が目覚め、あなたを所有者に選びました。
先ほども申しましたが、聖剣を持つにあたって、守っていただきたいルールがございます。
そのルールの読み合わせを行いますので、お時間をいただけないでしょうか」
「いや、聖剣とかいらないんですけど」
俺はただの農家だ。
聖剣など使えないだろう。
他を当たってほしい。
「ダメです」
「えっ?」
「拒否権はありません。
あなたが所有者なのは、決まったことです。
それではルールの読み合わせを始めます。
こちら、いい加減受け取ってください」
「あ、はい」
反射的に、差し出された紙を受け取る。
「それでは、読み合わせを始めます。
『1.聖剣の所有者は、姿がわかるほど明るい時間帯には外出してはならない』」
「えっ?
どういう意味ですか?」
「つまり、昼は外出を控えてほしい、ということです」
「そんな、困ります」
俺は農家だ。
夜に仕事なんてできない。
「……ルールというのは、決められるだけの理由があります。
大変言いづらいのですが、というより、この仕事を私に任せるのは、セクハラだと思うのですが。
本当にあの変態陛下、天罰が下ればいいのに」
「あの?」
何か陛下とやらにあまり敬意を感じないな。
本当にこの人は騎士なのだろうか?
「失礼しました。
聖剣の話でしたね。
聖剣の所有者は、物を所有できません。
建物はセーフなのですが、基本的に何かを所有すると、消し飛びます」
「えっ?」
「もちろん、服も消し飛びます。下着もです。
あっ、流石に食べ物はセーフです。
ただ、袋はダメです。
食器類もダメです」
「な、なんでですか?」
「嫉妬、だそうです」
「そんな不便なもの、いらないですよ」
「ダメです。
所有者を決めた聖剣は、10日以内に所有者へ引き渡さないと暴れるんです。
王宮が全壊したという記録もあります。
そのうえ、それでも無視し続けると、20日後には、聖剣が自力で所有者の所まで飛んで行きます。
進行上にあるものを破壊しながら」
「それ、本当に聖剣なんですか?」
呪われてるんじゃなかろうか?
「一応、魔王を倒せる唯一の武器なので、聖剣です。
まあ、魔王以外の生き物にはかすり傷すらつけられませんが」
「それならなんで、王宮を壊したり、服を消し飛ばせるんですか?」
「物には無敵なんです。なんでも壊せます。
そう考えると魔王って、物なんでしょうか?」
ジェシーは首を傾げた。
可愛い、ってそんなこと考えている場合じゃないし、どうでもいい。
「知らないですよ。
とにかく、俺はそんなもの受け取りませんから」
「残念ながら、『2.聖剣の受け取りは拒否できない』と書いてありますよね?」
「そんな」
「お気持ち、お察しします」
「そのルール、決めたの誰ですか?」
「変態です」
「変態?」
「間違えました。
現陛下です」
この人、陛下のこと嫌いだろ。
俺もあったことのない陛下のことが嫌いになりそうだけど。
まあそんなことより確認しないと。
「ルールを破ると、どうなるんですか?」
「ルールはルールでしかありません。
法律ではないんです。
特に罰則はなく、ただ白い目で見られるだけでしょう。
なにせ、全裸で生活することになるんですから」
服が全て吹き飛ぶなら、そうなるよな。
「まあ、俺の社会的信用のためにも、守るべき、ですよね……」
「はい。お互いが気持ちよく暮らすために、ルールは存在しています。
あなたにとっても、守った方が良いかと存じます。
そして、もしも物が聖剣によって壊された場合は、残念ながら、所有者の責任となります。
例えばの話ですが、受け取りを拒否して、聖剣が物が壊してしまったら、その損害賠償は、あなたに支払う義務が発生するのでご注意をください」
「えっ?
罰則はないんじゃないですか?」
聴いてた話と違うぞ。
「物が壊されたら、ルールではなく、法律の適用範囲になります」
「まあ、そうですよね」
「それでは最後のルールです。
『3.聖剣の所有者は可及的速やかに、魔王を倒すこと』
これは、言うまでもないことでしょう。
魔王は人類全体にとっての災厄です。これはこの世界に生きるものとして、どうかお願いします。
ご存知かと思いますが、魔王が存在し続ければ、植物がどんどん死滅していきます。
そうなればやがては、人類は滅んでしまう」
「まあ、わかってますよ。
他の人にお願いしたいところですが、無理なんですよね?」
「残念ながら」
「なら、この世界に生きるものとして、魔王を倒すことは了承します。
これはルール、というよりは義務だと思いますが」
「たしかにそうですね。
結局のところ、変態が明文化しただけで、ルールという社会規範は、明文化する前から存在しているんだと思います。
……一応、あなたの従者として、人類で一番強い人間がお供することになっています。
一人で魔王退治に行くわけではないので、そこはご安心ください」
「あっ、そうですよね。
よかったです。
どんな男性なんですか?」
「残念ながら私は女性ですが、人類で一番強いんです。
ですので魔王討伐の際は、私がお供することになります。
こうしてあなたを迎えに来たのも、変態陛下のただの嫌がらせ、だけではありません。
私も、この世界に生きる一員として、魔王退治に協力する所存です」
この人を連れて、全裸で魔王退治か。
完全に罰ゲームだな。
「あっ、一応、断っておきますが、私は服をきてお供しますから」
「いや、それはわかってますよ」
「そうですか。
あっそれから、聖剣の所有者は、寒い、暑いなどの不便はないそうです。
聖剣が謎のエネルギーで包み込んでくれるそうなので、日焼けや葉っぱ、岩などで傷つくこともありません。
そこは安心してください」
聖剣使いのルール 青桐 @Kirikirigirigiri
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