ミリタリー・ラスプーチン

エリー.ファー

ミリタリー・ラスプーチン

 兵士としての仕事に就く前にやっていたのは、つかの間の連続殺人鬼。

 詩人になりたかったのだけれど、余りに短い人生をそこに賭けるのはさすがに難しいと判断して、実家の稼業を継いだ。

 誰よりも、暇をしている所だったので、連続殺人鬼としての才能は早々に開花し、気が付けば兵士として雇われるまでになった。ただ、ここで重要なのは、仕事の名前が変わっただけで、やっていることは何もかっわらなかったこと。

 気ままに殺す行為が。

 特定の人物を殺す行為に変わったこと。

 そして。

 私は今日、兵士を辞める手続きを行った。

「まず、手元に軍備及び、国家等に関係する機密事項書類を保持しておりませんね。」

「持っていない。」

「次に、国から貸し出された武器等は持っておりませんね。」

「持っていない。」

「次に、自分が何者であるかということを証明する者は持っていませんね。」

「持っていない。」

「次に、ここの兵士を辞めることであなたは今世界中に存在していない人間。つまり、戸籍を持たず、データのない幽霊のような存在として生き続けなければいけないことを了承しますね。」

「もちろんだ。」

「愛する家族や、子供たちがいたとして、身内、親戚にも会えなくなります。よろしいですね。」

「もちろんだ。」

「携わった戦争また、それによってあげた戦果などを口外することはできません。よろしいですね。」

「もちろんだ。」

「ここまでの中で何か質問等ありますでしょうか。」

「今までの中には幾つかルールがあったと思う。」

「はい。」

「それを破った場合、どうなる。」

「どうなるか、試されてはいかがですか。次の承認事項に参ります。」

 一時間ほど、私はこの女とこのような会話を続けていた。

 この国の兵士を辞める一つの、いや、複数あるルールという事なのだと思う。

 正直言って、この国の兵士を辞めなければこのような手続きに頭を悩ませることもなかったのである。なんとも、皮肉だ。

 自由が欲しくて、少なくとも今の私に自由はない。

「個人的な理由なのですが。」

「あぁ。なんだ。」

「何故、兵士を辞めようと。」

「自由になりたい。」

「最初から自由だったでしょう。そこまで強かったら。」

「強いから何でもできる。つまりなんでもできるのだからやらなければもったいない、という幻想に取りつかれていた。自由を満喫しなければ生きている意味がない、

という不自由さに囚われていた。」

「それは幻想では。」

「いや、ルールだ。自分に課したルール。」

「今後はどうするのですか。」

「ここを出たところに桜の木があるだろう。」

「はい。」

「そこで首を吊って自殺する。」

「あそこの桜の木、伐採しましたよ。」

「何故だ。」

「兵士を辞める方がみんな、辞めた跡、あそこで首を吊るので、結局枝が折れてしまったんです。」

「考えることは同じだな。」

「自由になろうとした、その決断も結局、誰かが先に考えたルールの中の自由でしたね。どういたしますか、兵士に戻るという選択も今なら可能ですが。」

「あぁ、そうだな。君はどう思う。」

「さぁ、貴方の流れ弾で私の両親は死にましたし、貴方が撤去し損ねた地雷を踏んで弟は亡くなりました。これ以上、貴方に関わりたくありません。」

「それもそうか。」

「戦争は間もなく終わります。」

「そうか。」

「貴方が欠けてこの国が勝てるとは思えません。」

 私は立ち上がると、目の前の女が銃口を自分に向けていることに気が付いた。

 相手の銃弾を浴びて盲目になっていると、こういうところで出遅れることになる。

「上層部から、貴方を辞めさせるな、と、命令が出ています。取り消してください。」

 私は内ポケットに入れた煙草に火をつけてその煙の先を感じる。

 もう、二度と吸うつもりもないので、煙草の中身をすべてゆかにばらまく。

「詩人になりたかった男は、連続殺人鬼になり、最後は兵士になって、射殺されようとしている。」

「取り消してください。」

「煙草を取り出し火をつけると最後の一服をする。」

「取り消してください。」

「取り消せはしないよ。」

「取り消してください。」

「もう私は詩人になった。その銃口を避ける意味もない。けれど、私の言葉は君に送った。」

「取り消してください。」

「取り消せはしないよ。」

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